北杜のスローライフな歩き方
第4回  「美し森〜天女山」 
 〜八ケ岳南麓の代表的トレッキングコ−ス〜


■今回は黄葉が盛りのハイキングコ−スを歩きます。美し森から天女山へ至るコ−スは昔からハイカ−(懐かしい響き^_^;)達に愛され、よく歩かれているコ−スです。老若男女どなたでも挑戦できて手軽にアルプス的景観を楽しめる、八ケ岳南麓を代表するコ−スだと言っていいでしょう。どんなガイドブックにも必ず紹介されています。
■この人気コ−スに名前又は愛称がついていないのが不思議です。この道について人に説明する時「美し森から天女山の道」と長々と喋らなければならないのが不便です。観光協会などが主催して「愛称募集」をしてもいいのではないでしょうか。
■「八ケ岳南麓横断コ−ス」と考えてみましたが少し長すぎます。広大な県営牧場を横断するので「牧場横断コ−ス」、富士山との背比べ伝説を語るにふさわしいコ−スなので「背比べコ−ス」、どれもボツですね。文字を2つ頂いて「美女コ−ス」はどうでしょうか(^^♪。単に「横断コ−ス」でもいいかもしれません。
■実際歩いてみると、林間あり展望あり、牧場あり清流あり、山々のアルプス的な景観あり、牧草地の牧歌的な詩情あり、実に変化に富んで、とても一言で表せないコ−スだということが分かります。春の水芭蕉、初夏のツツジ、秋の黄葉、点在する高山植物と、植生も素晴らしく、まさに「美し森から天女山の道」としか言いようのない内容豊富なコ−スであることが分かります。近年はスノ−シュ−イングでここを横断するトレッキングも盛んですから、四季折々利用できる万能コ−スと 言えるでしょう。
■という訳で愛称をつけることは困難ですが、自分だったらどう考えるかと想像しながら歩くのも一興です。是非そんなことも頭に入れながら、トレッキングをお楽しみください。

■このコ−スは各所で富士山が見渡せ、八ヶ岳の最高峰赤岳も顔を覗かせています。正面から対峙する2つの巨峰は「八ケ岳と富士山の背比べ伝説」を思い起こさずにはいられません。
 昔々、八ケ岳は富士山より背が高かったのです。富士山は「そんなら背比べしよう」と言いました。そこで阿弥陀様が八ヶ岳と富士山の頭に樋を渡して水を流したのです。水は富士山の方に流れていきました。やっぱり富士山の方が低かったのです。それを怒った富士山は「え〜い、そんなことがあるものか!」と足で八ケ岳を蹴飛ばしました。それで八ケ岳は今のように八つに別れてしまったのです。
 八ケ岳南麓の住人なら一度は聞いているお馴染みの背比べ伝説です。
■しかしこれは単なる伝説ではありません。昔々八ケ岳は富士山より高かったことが現代の地質学で分かっています。と言っても八ケ岳が4000米近くあった訳ではありません。数万年前のある時期、まだ富士山が2300米程度しかなかった頃、八ケ岳は3200米程あったということです。山の成立時期が八ケ岳が古く、富士山が新しいことに起因します。
 そして今から2万5千年前から1万5千年前頃、富士山の火山活動が活発になり、今の高さになりました。一方八ケ岳は大規模な土石流(岩屑流)崩壊があり、現在のような高さになりました。 山の高さはその頃逆転したのですね。
 ところで、3万年前には八ヶ岳山麓には旧石器人が暮らしていました。2万年前には黒曜石を求めて八ケ岳に交易ル−トとでも呼ぶべき道があったとされております。1万年前には八ケ岳縄文文化が花開いていきます。
 つまり先住民達はその目で、八ケ岳と富士山の背比べ(火山噴火と山容の成長)を見ているのです。言い伝えや神話として残る話は人類の細胞に宿る記憶だといいますが、背比べの話しはまさに私達の祖先の目撃談であったといえるでしょう。
■この道を旧石器人達や縄文人達も歩いたのだなぁと思ったり、その頃は富士山の方が低かったのかなぁ などと想像しながら歩くことはなかなか楽しいことです。
 案内板が各所に立っていますので、一人でも家族でも、どなたでも安心して歩けます。天気の良い日にオニギリと水筒を持ってお出かけください。 お子様連れなら、背比べ伝説の話をしてあげてください。楽しい話は伝承して行きましょう。
 
コ−ス案内

■参考までにこのコ−スを紹介しているHPを幾つか紹介しておきます
1)山梨県ペンション連合会
http://ypa-site.jp/walking/yatsu/tennnyo/index.html
2)清里観光振興会
http://www.kiyosato.gr.jp/enjoy/highking/hiking.html
3)大泉町
http://www.oizumi.ne.jp/~oizumi/haikinngu.htm
4)八ケ岳スノ−シュ−イング倶楽部
http://www.pairhat.jp/snowshoes/2005-2/report2.07.htm