北杜市のスロ−ライフな歩き方

第10回 【長坂今昔物語 2006.5.1】

〜長坂駅周辺と狐火にまつわる昔語りを歩く〜

(歩行時間2時間)

 
 「おめえ達、こんな長坂なんちゅう所はなあ、この間まで狐山って言ったもんだ。狐だらけでうっかり山へ行って見ろ、みんな化かされちまう。おっかねえ山だ。」と言われた長坂駅周辺。大正七年に念願の長坂駅が開業したが、 その頃の駅周辺はオチョンボリ山と呼ばれた山から続く深い松林で、狸も狐も狢もいたろうと思われた。
 その頃のある夜更け、祖母に手をひかれて便所に起こされた子供が見たものは、近くのオチョンボリ山からおりてきた二つの赤い提灯だった。この夜更けに誰かと思う間に、二つつき、一つ消え、さらにまた一つ消えると間もなく、二つ交互についたり、、また一つついたり、というような灯のつきかたをしながらおりてきた。祖母はもう知っていた。「またいつもの狐の提灯だ。どこへ行くのか見ていよう」
 そんな昔がたりをしてくれたのは長坂にお住まいの繁宮さん。繁宮さんは祖母との思い出を長坂教育委員会が発行した「長坂のむかし話」に「狐の提灯と長坂駅前通り」という一文に記した。その文は「昔をかたってくれる人が次第に少なくなり、昔を尋ねようがなくなってしまった現在である。そして、私自身がおじいさんになろうとしている今日、記憶のままに語りぐさとしておく」と結ばれている。今回はその一文と、繁宮さんが実際に語ってくれた昔の長坂の話をもとに、長坂駅周辺を訪ねて歩いた。
 今、長坂駅前には立派なコミュニティホールが誕生し、有名な音楽家達のコンサート等が頻繁に開催されている。新住民も増えて、旧町村は合併され新しい市にった。時代は明らかに前に向かって進んでいる。が、今回は、森が深く、夜が暗かった頃の長坂の生活を偲びながら歩いてみた。題して「長坂今昔物語」である。
 長坂駅開業のドラマ、狐火の通り道、長坂に来た芥川龍之介、牛池に残る伝説等、興味深い話の数々。まさしく「語りぐさとして」残しておきたい話ばかりだった。久々に「温故知新」という言葉を思い出した。皆様にも地元に残る昔ばなしや町誌に残る記録などを元に、ゆっくり郷土を歩いてみることをお奨めします。新しい町づくりもまず昔を知ることから始まります。
 

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