| |
|
|
 |
ある年の9月。井伏鱒二は釣師の翁に連れられて本谷川へ入った。釣果はおもはしくなかったが、本谷川の区切りとっている渓谷風景に満足して、その晩は川
かみの鉱泉宿に1泊した。
翌朝早く宿をたち、桟道を川しもに向って歩く帰り道、行きには見なかった大きなクルミの木に出会った。幹は3人で抱えてもまだ余るような大きさだった。 |
| |
|
|
 |
「この木は昨日もここにあったかね?気がつかなかったなあ」と言うと、翁も「こいつは俺も見なかった、どうも変だ、こんな大きな木」と言う。
「急な上り坂だったので、下ばかり見て歩いていたんだらうか」 「いや、この枝がこんなんに垂れ下がって道にまでかぶさっている、気がつかない筈がない」
しばらくそんなやりとりが続いたが、ふと翁は後ろを振り向いた。私も振り向いたが誰もいなかった・・・。
昨日この山路を来るとき、なぜこんな珍しい大きな木に木がつかなかったらうという疑ひがのこった・・・。
注)左の木はクルミの木ではありません。トチノキです。小説に出てくる木ではありませんが、地域のシンボルですので、先日歩いた時に
立ち寄って写してきました。山梨100名木にも選ばれた必見の大木です。大木の立つ空間はあたりと少し雰囲気が違います。
|
|
|
|
|
|
 |
しばらく歩くと、道の曲がり角でばったり二人の娘に出逢った。 二十と十八ぐらいの姉妹だろうと思われた。紺がすりの着物を着て手ぬぐいをかぶり、籠を背負っていた。 二人ともあまり美しかったので私たちは立ち止まった。
姉妹は黙って行き過ぎようとした。それは何か、尊いものが消えうせて行っているかのやうに思はれた。 |
| |
|
|
 |
咄嗟に何か言葉をかけようと、バス停までの道を尋ねた。娘は落ち着いて丁寧にバス亭を教え、去っていった。
私たちは娘の後姿が見えなくなるまで見送っていた。
「きれいだったなあ、美の神も妬むだらう」と、いつまでも二人で最大級の賛辞を送っていた。
しばらくその場を離れがたかった。
|
| |
|
|
 |
それから2年後、
ある会合で作家・村松梢風と雑談していた折、村松氏が20年前に増富温泉できれいな娘を見た、という話をはじめた。行きには見なかったが帰りに気がついたというクルミの巨木の話も同じである。
井伏鱒二は驚いた。 |
| |
|
|
 |
紺がすりの着物をきた姉妹らしき二人で、手ぬぐいであねさんかぶりをして、籠を背負っていた
。その風情といい容貌といい、まるで誰かの絵のようだった、と言うのである。
「いや、ちょっと待ってください」と寒気を覚えた。あまりにも自分の体験とそっくりである。
「バス停への道を尋ねましたか」
「いや、訪ねなかった、僕の行ったのは20年前だからバスなんか通ってなかった」 |
| |
|
|
 |
村松氏の体験は20年前の話だというのだ。
井伏鱒二が娘達に出会ったのは2年前だ。一体どう解釈したらいいのだろう。なにもかも申し合わせたようにみな一致している。
果たしてそれは同じ姉妹だったのか、それとも・・。
|
| |
|
|
 |
井伏鱒二はこの話を、石田君という大学を卒業したばかりの青年に話した。すると石田君も目を光らせて、自分も増富の渓谷に行くと言い出した。小説はそこで終わる。 果たして石田青年は行きにはなかったクルミの木に遭遇し、山路の曲がり角で美人姉妹に出会うことが出来たのか・・・。
その消息を書かないところもちょっとしたミステリー仕立てである。 |
|
不二牧さんは、そのミステリーの意味を考えながら増富そぞろ歩きを楽しんで欲しいとおっしゃるのです。くるみの木は何故往路では気がつかなかったのか? もしかしたら復路のとき突然出現したのか? 村松梢風と井伏鱒二が出合った美人姉妹は同じ姉妹だったのか?何故20数年後の同じ場所で出合ったのか?石田青年は同じ体験が出来たか? |
| いろいろ考えるとなかなか楽しい時間がすぎていきます。 |
| |
|
|
 |
ところで、この文学散歩の道は、やや不便だ。通仙峡の歩行者専用の道が秋のほんの僅かの期間しか開放されないのです。期間はその年の紅葉の具合によって異なるが、どちらにしても約1〜2ケ月であることに変わりはない。
紅葉が美しいところは新緑も美しい。となれば夏の盛りも緑が鮮やかだ。いっそ通年歩かせてはどうだろうか。
新道が出来たからといって廃道にしてしまうのでは井伏鱒二の時代と同じだ。 |
| |
|
|
 |
で、聞いてみたら、この道を歩行者に通年開放する計画が進んでいるのだという。朗報です。
土砂崩れの恐れのある箇所が現在工事修復されている。工事完了し、諸々の手続きが完了すれば、この道は県道から市道になるらしいのです。ぜひ一刻も早い実現を期待したい
ですね。
その日を楽しみに待ちましょう。 |
|
ついでに書くと、この道の下にかつての村の旧道があった。多くの文学者もそこを歩いた。ところどころソレらしき旧道の跡も覗くことが出来る。 |
|
 |
写真の左に川が見える。
昔はこの川沿いに道があっただろうと推測されている。「桟道を川下に向って」歩いたという記述があるので確かだろうと思われます。
|
| |
|
|
 |
これは井伏鱒二の時代にはなかったダム湖の一部です。写真右上に白いガードレールのようなものが写っている。旧道です。道がそのまま右上から左下へ続き、湖面へ没している様子が分かる
でしょうか。
可能ならこんな道も一部復活して遊歩道にしてもらいたいものだ。渓谷の文学散歩にアスファルトの新道歩きは似合わない。 |
| |
|
|
井伏鱒二が「急に谷が拡がって見える切通しの下り口に」と表現したあたりは現在塩川ダムによって湖となっている。今年(2006年)10月、不二牧さん達はこのダム湖の公園に小説「増富の渓谷」の案内板を建てた。詳しい場所はビジターセンターの観光案内所に聞くと教えてくれる。 |
|
 |
 |
| ↓「二人の美しい娘」の看板 |
↓「胡桃の樹」の看板。苗木も植えました。 |
 |
 |
|
増富の湯からここまで歩いて戻る周遊コースは5キロ程度なので、湯に入る前の丁度いい運動だと思えるが、ここから先の新道の急坂を歩くのは風情がない。よほど体力つくりに燃えているヒト以外にはちょっとツライ道
かもしれない。一部旧道もあるが案内人がいなければ分からない。人数がまとまれば増富の湯がバスで迎えに来てくれることもある。相談してみてください。 |
|
今回はあえてコースの詳細を紹介はしませんでしたが、増富温泉郷には他にも七福神の道、民話を訪ねる道、史跡めぐりの道、川沿いの遊歩道などなど、そぞろ歩きのできる道が沢山
あります。井伏鱒二も歩いたにちがいありません。 |
|
深まりゆく秋に、ちょっとミステリアスな浪漫を感じながら文学散歩を楽しんでみてください。そして帰りは温泉で一息。「増富の湯」ではちょっと変わった温泉療法を体験できます。支配人が大変熱心に風呂の正しい入り方とその効用を教えてくれます。
温泉だけでも2時間かかるかもしれません。食事もして3時間。ついでに「散歩するコース」も丁寧におしえてくれます。例えば2時間コースを選択すれば、会わせて5時間を増富で過ごすことが可能です。日光浴、森林浴、温泉浴の効果は、長い時間の滞在によって倍増されます。 |
|
標高1000mの高地を歩くことにより新陳代謝が促進され、ラジウムが気化したラドンを吸い込むことによって免疫力が高まるからです。 |
|
是非増富一日プランをつくってゆっくりお楽しみください。増富の湯の総支配人小山さんは歩くコースの相談にも温泉療法の相談にものってくれます。 |
|