北杜市のスロ−ライフな歩き方

第13回 【小淵沢駅前ぶら〜り散歩とがんまるさん 2006.10.1】

〜小淵沢駅周辺と民話の主人公の物語〜

(歩行時間1時間半)


民話「がんまるさん」の語りを聴く

蔵通りの象徴「三の蔵」

おもちゃ箱のような小淵沢商店街

スサノヲ登場・神楽は町指定無形文化財

 北杜市と合併した小淵沢町。駅前商店会の皆様が中心となって「有限会社まちづくり小淵沢」という組織を発足させ、新しい町づくりのために智慧を絞っています。第一弾として「小淵沢駅前MAPぶら〜り散歩」という地図作りに着手しました。10月下旬には完成の予定です。今回のスローライフな歩き方は、いち早くそのMAPをご紹介しつつ、MAPに沿って新旧の小淵沢の顔を訪ね歩いてみました。お洒落なレストランも素敵なホテルも出てこない小淵沢案内ですが、高原リゾート地の玄関口として賑わう小淵沢の、豊かで多彩な表情をお伝えできればと思います。おつきあい下さい。
そのMAPがこれです。
JR小淵沢駅を起点として自由に散策できる仕組みになっています。特急を待つ間にぶらりと散策されては如何でしょう。駅前の観光案内所 又は商工会で手に入ります(10月下旬から)

観光案内所の斉藤さんは小淵沢ばかりでなく、八ケ岳南麓全般の観光の生字引です。

何でも聞いてみてください。分からないことでも必ずあちこち問い合わせて一生懸命に正解をお伝えしようとして下さいます。旅先でこういう人と出会うとホッとします。

さて、MAPを片手にとりとめもなく歩くのも楽しいのですが、今回はほんの1例として左記のようなコースを辿ってみました。

それではさっそく歩き始めましょう。スタートはJR小淵沢駅です。

小淵沢駅前はいつも高原ムードが漂っています。山に行く人帰る人。ハイキングに観光に、出迎えのバスや車。

駅舎内の売店も旅情を誘うお土産や弁当が並んで心が弾みます。

なにより、駅に降り立った時のキリっと爽やかな高原の空気が良いですね。遠く青い空に駒ケ岳が浮かんでいます。

駅前からまっすぐ続く商店街に入ってみれば、さっそくこんな店が・・・。

思わず入ってみたくなります。掘り出し物が見付かるかも。

商店街の真ん中にこんな階段がひっそりとあるのです、面白いですね。

小淵沢商店街はYの字状に2本の商店街があるのですが、これはその2本を繋ぐ近道です。

ここを下りて左へ行きます。

      粋な暖簾の店は、井筒屋というウナギ屋さんです。

       右は久保酒店。築100年の母屋と蔵があります。
       どちらも歴史ある建物です

   

見るだけでも楽しい商店街の外れに左のような構造物がありました。川をせき止めて枡形の中に水を貯めるようになっています。反対側には「第六部防火用水池水門」とありました。

いつまでも見飽きない商店街ですが、ここから緑たっぷりの土の道を辿ることにします。
梅見の小道と名づけられた道ですが、今の季節はクルミが落ちています。

   

見上げれば甲斐駒ケ岳。

雄大な展望が眼前に広がっています。

里山の雰囲気が漂います。

   

梅見の小道は小淵沢郷土資料館の前に出ます。ここは必見です。中でも「旧平田家住宅」は時間を作ってでも見て欲しい建物です。

17世紀後半の建物とされ、当時の生活様式を偲ばせる要素を数多く残し、学術的にも貴重な住宅とされています。国の重要文化財に指定されています。

 建物保護の為に毎日囲炉裏に火をくべます

その中で語る「がんまるさん」

 平田家住宅で毎日がんまるさんの語りが行われる訳ではありません。「がんまるウオーク」というイベントに会わせて年に一度行われます。今年は10月1日ですから、ちょうどこのメルマガが配信される日です。皆様方には間に合わなくてすみません。語る方は小淵沢えほん村館長にして絵本作家の松村さん。小淵沢の民話がんまるさんからヒントを得て「創作民話がんまるさん」を書き下ろし、自らのえほん村で語っています。イベントの日にはこのように出張して語りを行います。近々「がんまるさん」の絵本も出版されるとか。楽しみですね。なを興味のある方はえほん村に連絡をして下さい。人数がまとまればがんまるさんの語りはいつでも行います。
 
ところで、「がんまるさん」とは一体誰でしょうか。こんな民話が伝わっていますのでまずお読み下さい。

これは単なる民話ではありませんでした。源平の政争に敗れて小淵沢に流れ着いた源氏の一派があり、その中に幼名を巌丸(がんまる)といった武士がいた。民話は実在したその巌丸さんの物語だったというのです。

数年前筆者が民話の舞台となった北野天神社に調査に行った時のことです。神社に隣接した畑で仕事をしているお爺さんを見かけました。この方ならがんまるさんについて何か知っているかもしれないと、何気なく声をかけたのです。「あの〜、がんまるさんについて調べているのですが何か・・」という言葉を最後まで聞かずにお爺さんは畑仕事の手を休め、ニッコリと笑って言いました。「ワシががんまるさんの35代目だよ」     これには驚きました。

 単なる民話だと思っていた話の主人公が実在し、その子孫まで健在だったなんて!。
 お爺さんは「まあ、お茶でもどうですか」と私を家にあげてくださり、がんまるさんにまつわる話を語り始めたのです。話の内容は何時間にも及び大変胸の高鳴る内容でした。
 その話を郷土史家で小淵沢町誌編纂の一人でもある高福寺の水原和尚さんに確認すると、間違いなくその通りだというのです。源平の政争に敗れた云々の話はお爺さんから伺った話ですが、水原和尚によるとその時の源氏の一派が、初めて小淵沢という地に住み始めた源氏で、もしかしたら小淵沢の町が興ったのもその人達によるものかもしれないし、又、もっと調べれば甲斐源氏の流れも今言われていることと違うことになるかもしれない、というのです。
 ものすごい人物と出合ってしまったのです。代々北野天神社の神官を努めていたが、34代の時に東京に出て行って関東大震災に遭ってしまった。この時に代々伝わる家財や 古文書等を焼失してしまったので、がんまるさんや源氏の流れの正当性を証するものが無く、今はおとなしく暮らしていますよ、あはは。と、くったくなく笑っておられるのです・・・。
 
 このあたりでは今でも「がんまく」という言葉が残っています。「あいつはがんまくなヤツだ」などと使われ、何事にも恐れないヒトというような意味が込められます。力持ちで乱暴ものという意味で使われる場合もあるようです。「がんまる」が「がんまく」と変化したのでしょう。
 このお爺さんの姓はあえて伏せますが、姓と似た名の泉が町内にあり、今でも湧いています。鎌倉時代にこの泉を利用して開削された「五百石堰」ができたことから小淵沢地区の統一が図られたそうです。この水路は今でも中央高速沿いにあって利用されているそうですからすごいですね。
 大雑把に言ってがんまるさんの話は西暦1000年前後の話ですから今から1000年前の話です。少なくともその時代から小淵沢には人々の営みがあったのです。そんなことを思いながら町をあるくと、町歩きが一層楽しくなります。景色も森も道路さえ意味が違ってきます。ひょっとしたらこの道はがんまるさんが歩いた道かも、なんて想像しながら歩くのです。
 そんなことを思いながら歩いていると着いたのが皇大神宮。天照大神を祀っています。ここには不思議な石の構築物がありました。左の写真の手前に横たわる石をご覧下さい。窓のような穴が一列に穿ってあるのが分かりますか?この石を上から見ると右の写真のように四角い穴が二つ空いていました。全体の形は亀のようでもあります。窓のような穴はこの石を割るためのクサビを入れた跡だということでした。この石をもっと小さく割って、一体何にするつもりだったのでしょうか・・。

さらに、一番大きな道祖神石祠(右から2番目)を良く見ると台座に、接吻している二匹の魚が彫られているのが分かります。この奇抜奔放な意匠は一体何を意味しているのでしょう。

江戸時代のものだそうですが、その時代に接吻する魚など彫っていいのでしょうか?石祠の中には双体道祖神が安置されていますが、双体の魚と何か関係があるのでしょうか。私は魚座なのでなんとなく嬉しくもあります。ちなみに魚座も2体の魚で表現されます。

興味の尽きない道は蔵通りに続いていきます。宮久保集落です。木造の古い家屋や蔵の立ち並ぶ通りは、この町の歴史や発展の仕方を想像させます。

まるでお城のような亀甲模様の石垣などもあり、蔵ばかりではない見所満載の通りとなっています。

蔵通りを象徴する風景です。一の蔵から三の蔵まで持つ見事なお屋敷です。

昔この地域は鍛冶屋が多く、北海道へ出向き屯田兵を相手に開拓の道具などを売って、財をなしたと言われています。

   

再び商店街に出て、入ってみたのは細川金物店。店前に並べられた竹細工のビク他の品々が大変興味深かったからです。ここの店主さんがものすごい人だった。キノコ採りの名人で、どじょう捕りの名人で、スズメバチ採りの名人で全国に呼ばれて行く。さらに釣りの全日本大会で優勝したこともあるのです。歴史にも詳しく小淵沢のあらゆる情報に精通しています。

がんまるウオークの時などには一緒に歩いて町の歴史についてお話をしてくれます。ほんとに博覧強記なお方です。

こういう方がいる商店街は面白いです。

小淵沢商店街のもう一つ面白いところは、こういう路地があちこちにあるところです。不思議な雰囲気の壁を持つ民家(もと呉服屋さんだったそうです)の脇の細い路地を抜ければすぐ駅なのです。

線路に沿った展望の道にでますので行ってみましょう。八ケ岳も甲斐駒ケ岳も眼前です。そこからがんまるさんの舞台となった北野天神をめざしましょう。

がんまるウオークは商工会の方々があちこちに看板を取り付けて賑やかに行われます。

ゴールの北野天神。がんまるさんがもちあげたという2つの鳥居の下を潜ります。

 北野天神社は「ぶら〜り散歩MAP」には載っていませんが、赤い矢印の所からほんの数百Mの所にあります。是非足を延ばしてみてください。
 実はがんまるウオークはここの「お神楽」の日に会わせておこなわれるのです。毎年10月第一日曜日です。お神楽を見学しながらお弁当を食べるのです。

町の無形文化財に指定されている大和神楽です。たぷり4時間は演じられます。

ぞくぞくと人が集まってくるのは、おでんやお酒が振舞われるから、ではありません(^^ゞ

 伝統芸能あり、歴史物語あり、建造物、石仏、そして展望もすばらしい小淵沢の魅力を、案外手軽なウオークで体感することが出来ました。私はいつも小淵沢を歩くときに「ここは門前町か、宿場町か、城下町ではないし、一体どうやって発展してきた町だろうか」と不思議に思っていたのですが、今回、水原和尚さんの「アジール説」に接し、深く納得したのです。
 アジールとは庇護聖地のことです。ここでは逃亡者達の隠棲地という意味で使います。古代、小淵沢を含む旧北巨摩郡一帯は諏訪の領とされていました。諏訪には出雲から健御名方命(タケミナカタノミコト)が逃げてきて住み着きます。源平の政争に敗れた源氏の一派が住み着いた伝承等と合わせて考えてみると、ここは逃亡者達が心安らかに住まって、文化を築き上げる聖地であった、と考えられるというのです。

私はこのエリアのシンボル八ケ岳そのものが、嫁ぎ先から放り出されて逃げてきたイワナガヒメの棲むアジールであったことを思い出しました。水原和尚は古事記の解読にも通じています。八ケ岳の地下こそ古事記に示された黄泉の国であると主張されています。黄泉の国とは決して不吉な場所でなく、蘇るからよみの国なんだと説いています。その詳しい話は 又別の機会に譲るとして、地域に伝わる一つ一つの物語や、伝統芸能等が、同じアジール源流に繋がっているのだなぁと、歴史ロマンを感じてしまったのでした。
 町おこしのテーマは正に「蘇る」ことであり、「聖地」を作ることです。
 新しく出来るMAPを片手に、「アジール」(聖域)のことなど考えながら歩いてみて下さい。何かおもしろいヒントを思いついたらどうぞ観光案内所か商工会へ。小淵沢は旅人にとってのアジールでもありたいと願ってい るはずですから。

(参考資料)
小淵沢町文化財ガイド
ねいてぃぶ 2005.8.9合併号
えほん村
八ケ岳南麓景観を考える会
ズームママのきママなウオーキング
八ケ岳高原文学の旅
(コースのお問合せ)

八ケ岳歩こう会 0551-32-5888