【自然コラム】

 ■オオムラサキという蝶のお話                     
            
  日本の蝶でこれほど有名になった蝶は無いでしょう。蝶はタテハチョウ科、
  アゲハチョウ科、シロチョウ科といったように分類されています。オオム
  ラサキはタテハチョウ科ですが、この科の中では一番大きいものです。
  オスは羽がコバルトブルーに近い深いるり色をしていて、見る人を魅了し
  ています。メスは紋様は同じですが、るり色がなく焦げ茶色の羽を持って
  います。

  ところでこの蝶は、花の蜜は吸いません。カブトムシやクワガタが大好き
  なクヌギの樹液を吸い、幼虫時代はエノキという木の葉っぱを食べていま
  す。別名「雑木林の妖精」と呼ばれるように、主な生息地は雑木林です。
  オオムラサキの日本一の生息地といわれる山梨県北杜市は、昔から人々が、
  クヌギを炭の原料にしたり、落ち葉を集めて作物を育てる肥料に使ったり
  していました。炭の一大生産地であり、クヌギを大切に育てていました。
  また農家の敷地にはエノキが植えてあり、薪にしたりカマの柄に使ったり
  していました。ここにはオオムラサキの棲む環境が備わっていたのです。
  この他に八ヶ岳高原は湧水を源とする川が何本も流れていて、この川沿い
  にエノキが沢山自生していることや、適度に雪が降ることが冬季の乾燥か
  ら幼虫を保護することになり、オオムラサキが多く生息している理由にあ
  げられます。

  北杜市長坂町では、昭和54年4月に昆虫愛好家や絵本作家たちが集まっ
  て、オオムラサキの生息地を守ろうという「国蝶オオムラサキを守る会」
  が発会し、同年6月に地元の若者が中心になって「山梨国蝶オオムラサキ
  を守る会」が発会しました。
  エノキを植えたり、虫屋さんに保護を呼びかけたりして活動が広がってい
  く中で、平成7年に行政が保護活動の拠点として、かつより多くに人々に
  オオムラサキを知って頂こうとオオムラサキセンターを建設しました。
  現在ではオオムラサキの資料館だけでなく里山の保全を基本にした環境教
  育施設となっています。

  さて、知っておくと得する話をすこし述べます。
  1.オオムラサキという名前は明治32年「日本蝶類図鑑」で宮崎幹之助
    が名付けました。以前は「紫蝶」とか「ヨロイ蝶」とよばれて江戸時
    代には熊本藩主細川重賢が昆虫の観察記録の中にオオムラサキを描い
    ています。
  2.昭和31年に日本で最初に切手になった蝶で、翌年に日本を代表する
    国蝶に指定されました。天然記念物と違い、法律的規制はありません。
  3.オオムラサキは1863年、日本にきたイギリス人フォーチュンが横
    浜で採取し、昆虫学者のヒュ−イットソンが新種として紹介しました。
    オオムラサキの学名は「ササキア・カロンダ・ヒューイットソン」と
    いい昆虫学者の佐々木忠次郎とカロンダという法学者の名が使われて
    います。ちなみに英名は「ジャイアント・パープル・エンペラー」
    巨大な紫の皇帝です。
  4.オオムラサキは7月に卵を産み、3回脱皮して幼虫で冬を越します。
    翌年エノキの葉を食べ2回脱皮して、6月サナギになり、7月上旬に
    羽化します。一年に一度しか羽化しません。(一化といいます。) 
  5.蝶はそれぞれ食べる草や木の葉が決まっています。これは長い年月の
    間に食べる草や木が決まっていき、それを食べると体の中の体内細菌
    や酵素などによって特定の草や葉を消化して栄養を吸収することがで
    きるのです。こうした方法によって、蝶は世界中で15,000種も生存
    できるのです。  (北杜市オオムラサキセンター館長 跡部 治賢)
  ・ホームページ http://www.yatsu.gr.jp/ngs/oomurasaki/