2006  八ヶ岳三日坊主        過去の日記 由佳の日記

小学三年生の時「山小屋の親父になろう」、と決意し紆余曲折、40歳で「ペンションの親父」になって早16年。東京は神田あたりの飲み屋街を主戦場としてきた営業マンを辞めてからも早16年。人もうらやむ八ケ岳南麓の住人となった私の「理想と現実」の「ギャップを楽しむ」「八ケ岳その日暮らし」日記です。 この日記は将来どこでどう暮らすか知らぬ我が子らに贈る。保存しておくからいつかちゃんと読みなさい。

12月8日(金)
■韮崎文化ホールで開催されている「宮沢賢治・保阪嘉内生誕110周年記念展」に出かけた。収穫が沢山あった。嘉内は思いのほか沢山のスケッチを残していた。「南アルプスの上空を行くハレー彗星」、「八ケ岳権現岳の風雷神祠」、「電信柱」などなど。どれも賢治にヒントを与えたものだろう。

嘉内の入学した甲府中学の校長は大島正健といって、札幌農学校第一期生でクラーク博士の指導を受けた。「少年よ大志を抱け」は大島の訳だそうだ。。嘉内も札幌農学校にあこがれて受験し失敗。浪人して盛岡高等農林学校に入學し、賢治と出会う。嘉内と賢治は同い年のはずなのにどうして賢治が1年先輩だったかようやく分かった。

岩手には自生のやまなし(梨の原木)はないことも今日分かった。賢治の童話「やまなし」はやはり嘉内からの影響だろう。

八ケ岳権現岳の風の三郎、雷の五郎のスケッチがあることも初めて知った。これでますます風の又三郎の話は山梨原産の疑い(?)が強くなった。

その他諸々・・・。

この無二の親友である二人の青春時代を扱った「宮沢賢治の青春-菅原智恵子著」という本がある。副題は「ただ一人の友、保阪嘉内をめぐって」 賢治がいかに嘉内の影響を受けているかという内容で、実に具体的かつ実証的。これを読めば嘉内と賢治の間柄が良く分かる。嘉内の影響なしでは賢治の文学もなかっただろうと思われる程の内容です。

ところがこれが賢治を神様扱いする熱烈な賢治フアンと賢治学を研究する既存の学者達から強烈な反発と異端扱いを受けている。無視に近い扱いをする学者も多い。

彼らにとって賢治は神様なのだ。賢治は多くの人に影響を与えたが、賢治自身が身内以外から影響を受けることなど許せない、まして韮崎出身などという訳の分からぬ一学友から影響を受けることなどあり得ない、と断固として反発をしている。

「銀河鉄道の夜」が山梨原産(嘉内の影響)などという説は特に花巻方面の方々は耐え難いらしい。理由は様々だが仕方がない。賢治や文学に限らず、これがあらゆる「学問」というものの実体だ。新学説や定説を否定するような新説には大変非寛容なのだ。検討もしないで無視か否定をする。

「宮沢賢治の青春-菅原智恵子著」は無視されていいほど軽い本ではない。今日は嘉内のお孫さんという方が場内の説明員としていて、お話を伺うことが出来た。それによると著者の菅原智恵子さんは、学生時代から嘉内のご子息保阪庸夫さんに通って綿密な取材を続け、やっと50歳近い年になって一冊に纏めて上梓することができたという。誰でも一読すれば牽強付会な箇所が一行もなく、冷徹な分析と資料の積み上げに終始していることに驚かれることだろう。どの学者も自説を曲げない学者は、この本の内容を好く吟味し否定した上であらためて自説を主張すべきだろう。賢治研究の白眉である。万人必読。

12月4日(月)
■今日の月の暈はきれいだった。緑色だった。始めてみた色だ。月の側にはオリオン、その下のシリウスは銀色に眩かった。だんだんこういう夜空になってきたね♪

■さて、2日の日記で詩集を読みながら寝よう、なんて書いたが、やっぱり手は「遠野物語」の方に行ってしまった。詩集を読む心境というのは一体どういう心境だったっけ、若かりし頃はよく読んだのですけど、どうも近頃はダメですなぁ。賢治のものはいいのだけれど・・・。

遠野物語はいつも開いたところから読みすすめるスタイルだからなかなか全巻とおして読みきらない。薄い1冊の文庫なんですけどね。どうも1話1話繋がりがあるようで、ついあれこれ空想をしてしまう。これが楽しい。つい100年前の遠野には確かに神やその眷属が森や川にいたようだ。人と一緒に同じ空間を共有していたようだ。どうしてもそうとしか思えない話ばかりだ。

で、今日は、きっと山本勘助を読むだろう。ではオヤスミナサイ。

12月2日(土)
■月がきれいだったので外に出てみたら、外は冬だった。そりゃそうだ、もう12月2日。はやく雪を頼むよ。しかし冬の月はいいね・・。雪月花といい花鳥風月というが、雪と月は両方冬のものじゃなかろうか。理由なく「きっぱりと冬が来た」という言葉を思い出し、高村光太郎だったかな、と思って本棚から高村光太郎詩集を引っ張り出してみた。

きっぱりと冬が来た

(略)

冬よ僕に来い、僕に来い、

僕は冬の力、冬は僕の餌食だ、

しみ透れ、つきぬけ、

火事を出せ、雪で埋めろ、

刃物のやうな冬がきた

と、異常なまでに威勢が良い。何か冬に特別な記憶でもあるのだろうか。手元にある新潮社の高村光太郎詩集を繰ってみると、彼にはやけに冬を扱った詩が多いのに気付いた。題名だけ拾ってみても

冬の詩・冬の送別・冬の奴・冬の言葉・冬のリヴィエラ(ウソ)

「きっぱりと冬が来た」はこの本には載っていなかったが「冬が来た」という題だ。

「冬の詩」も威勢が良い。

冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

見わたすかぎり冬だ

再び僕に会いに来た硬骨な冬

冬よ、冬よ

踊れ、叫べ、僕の手を握れ、

こんな調子で10ページも続く、ホンキか?私も冬は大好きですけどね、こんな挑戦的な態度を受け入れてくれるから好き、というのではない。純粋に透き通った空気と、やわらかな雪と、冴えた月と星を擁する夜と、その他の森羅万象が自分にとって心地よいからだ。私にとって冬は立ち向かうものではなく、あえて言うならその真っ白でかつ透明な意匠を楽しむものだ。

もっとも、詩人にとって題材を楽しんだのでは詩にならない。やっぱり、矛盾や葛藤をはらんで、苦痛や決意や意思を表現しないと詩の意味がない(のだろう・・)。そして「冬」と言っても詩人の場合は必ずしも季節の冬を意味しているのではないから厄介だ。

「冬の送別」はすごいね。冬に大賛辞を送っている

冬こそは歳月の大骨格

感情の鍛え手

冬こそは内に動く力の酵母

存在のいしずえ。

冬こそは黙せる巨人、

苦悩に崇高の美を与える彫刻家。

なんてね、これも5ページにわたる大作だ。光太郎はもう冬のとりこですな。こりゃ、完璧に純粋に季節の「冬」を礼賛しているのかもしれない。冬に鍛えられることを喜びとする性癖があるのだね。

冬の美こそ骨格の美

冬の智慧こそ聖者の智慧

冬の愛こそ魂の愛。

ここまで書かれては冬も本望だろう。高校時代に光太郎に触れたが、この詩人はただ智恵子と戯れている男で、たいした男ではないと思っていた。だから光太郎の彫刻などを見ると、その厳しさが理解できなかった。これがあの智恵子智恵子と泣いている男の彫る物かとそのギャップが不思議だった。

今考えると、光太郎は彫刻家なので、詩のほうは余技(といっては失礼だが)なのだ。「道程」やら「智恵子抄」ばかり読まされたおかげで彼のもう一つの側面を見誤っていた。彫刻家が書いた詩であると分かって読むと、なるほどと思わせる。

学校教育では美術の時間で接する光太郎より、国語の時間で接する光太郎の方が長かったので彼を彫刻家と認識する暇がなかった。

■そういえば、寝る前に必ず本を読むが、詩集は読まないなぁ・・。どうしてだろう?今日はせっかくだから高村光太郎詩集を読んでみましょう。きっとすぐ寝てしまうと思うけど・・・。

11月26日(日)
■梨絵の誕生日。前倒しで1ヶ月も前にプレゼントを買ってもらっていたので今日は何もナシ、と本人は思っていたようだが、藤沢のお爺ちゃんから「お小遣い」が届いていた。これには大喜び。来月が誕生日の由佳の分も一緒に届いたので由佳にもプレゼント。

夜、お礼の電話をさせたが、梨絵はちゃっかり「来年は中学生になります」と宣伝し、由佳は「お正月にも(?)行きます」となにやら催促じみた言葉を発していた。

誕生日が日曜日と重なったので梨絵は級友を招いて一日遊んでいた。由佳もクリスマスには大勢の級友を招いて「モツ鍋大会」を開くと張り切っている。ペンションだから大勢集まるにはちょうど良いという訳か。泊まっていくらしい。まいいでしょ、どうせヒマですから。それよりネ、モツ鍋ってのはどうよ!?クリスマスにモツ鍋はないんじゃないの?

■「歩こう会」のことを雑誌かなにかで知って、九州からわざわざ泊まりに来て下さったご夫婦。ありがたいなぁ。一緒に歩きたかったが今日は棒道の入り口だけお教えしてお二人で歩いてもらった。道中幸せな出来事に遭遇されたようで、喜んで戻ってこられた。よかったよかった。悔しいことに明日もご一緒する時間がない。酒だけはご一緒する時間があって(^^ゞ、今晩もまた良い夜が更けていった・・・。

11月24日(金)
■アメリカは55%以上の人が。韓国はほとんどの人が。しかしイギリスでは少数派だという。これな何のことかといえば、ネットでの実名表記のこと。私はかねてからネット上の匿名性に疑問を持っている。匿名の人の言葉には何の力もない。お国柄なのかなんだかよくわからないが、韓国ではほとんどの人がブログなどを実名で書いているそうだ。イギリスがその反対だというのがよく分からない。日本では私がネットを見る限り実名派は少数だ。(私はペアハットという屋号をハンドルネームとしてどこにでも書き込むが、当然辿れば私だということが分かる。そういうケースも「実名派」の仲間とさせていただく。)

とはいうものの、インターネットという道具は多くの人にとって「ただの娯楽」なのだろうから、わざわざ実名など書く必要もないと考えれば、それもそうだ。この問題については多くの考え方がありそうだが、今日のところはこれにてやめておこう。

■下の娘が生徒会(というのかな?)に入っていろいろ仕事をしているようだ。「最近、みんなの前で思っていることがちゃんといえるようになったサ」なんて報告してくれた。

彼女はバスケット部にも入っているが、これは友人達よりずっと遅れて入部したのでまだレギュラーではないらしい。が、今日、練習から帰ってきて「最近調子がいいんだヨ、随分積極的になったネと○○ちゃんにも言われたし」なんて言って鼻息があらい。

公私共に順調というのでしょうかね。これなら当分自殺の心配は無い。ただ一つ、背が低いというのを気にしている。といってもクラスの真ん中よりちょっと下という程度だ。真ん中より下というだけで自殺されてはたまりません。「背で追い抜けなければ成績で追い抜けば」と言ったら、「ガハ、それはね、まかしといて♪」ときた。こういう状況は何かの「サイン」が隠されているのだろうか?

上の娘はクラスの仲間とうまくやっているらしく、年中仲間達とバカをやった話の報告でかみさんと盛り上がっている。先生を信頼しているようで、何かと先生の話も出てくる。修学旅行は海外3ヶ所、日本2ヶ所の中からどこか1ヶ所選択できるらしい。どこに行くか真剣に悩んでいる、というよりも楽しんでいる。

こちらも公私共に順調のご様子。自殺もイジメも無縁でしょう。ただダイエットしなければと悩んでいる。確かにここのところ随分マルマルとしてきた。もっとも大して真剣でないのが態度に出る。夕食後冷蔵庫をさぐりながら「何かないの、おっ、ヨーグルト。これこれ。これカロリー低いんだよね」なんていいながらあっというまに食べ、次に違う冷蔵庫を開け、「フフ、プリンが確かあったハズ♪」などといって取り出してきて、たべながら「最近太っちゃってね〜、どうしたらいいと思う?」なんて言っている。そんな調子で太ったことを理由に自殺などしてみろ、葬式は出してやらんゾっ。

姉妹とも「何かサインを出す」などという複雑な精神構造にはなっていないようだ。

■今年の冬休みの旅行の話になった。正月明けに長期の旅行をする予定だったが、様々な事情でそれが出来ず、近場で1泊となった。またもやTDLという話になりそうだったが、どこかの温泉でのんびり、という私の提案に、梨絵が抵抗せず「どこかへ連れて行っていただけるだけでありがたいです」とやけに殊勝な言葉を吐いた。なにかたくらんでおるな。

11月23日(木) 
■テレビである俳優が「子供の頃両親と旅行した思い出」について懐かしそうに話していた。なんだか良い話だった。私も振返って、わが子たちとの旅行を思い出してみた。あれれ、TDLしか思い出さないではありませんか。沖縄も北海道も行ったハズだが、こう年中TDLに連れて行かされたのではTDLの人ごみの中を子供達とウロウロと歩いては列の後ろに並んでいる思い出しか 思い浮かびません。

まあいいか、この時代の子供達の旅行の定番はTDLなのだから、子供達なりに良い思い出を作っていることだろう。子供達とのTDL通いも10数年になるが、その間様々な事情も変わった。子供達の身長が伸びて乗れない乗り物がなくなった。子供達をあやしながら 列に並ばせることもなくなった。その代わり子供達も大人料金となった。それよりも劇的なのはケータイの普及だ。TDL内でケータイもなく別行動をとる時の不便さといったら今や想像もできない。それに私にとってはTDSが出来たこと。TDS内ではアルコールが販売されておるのですなぁ、皆が遊んでいる間私は一人レストランに入ってワインなど注文し 、のんびりとした時間を楽しむのであります♪。あれ?私にもそれなりに良い想い出が残っているではありませんか。

■相変わらず自殺のニュースが続いている。アメリカでは自殺は伝染病として扱われており、伝染経路はマスコミであることも明確にされているそうだ。なので、自殺は報道しない代わりに、自殺が発生した地域の警察や学校や地域の連携で取るべきアクションがマニュアル化されていると、数年前テレビで見た。

なのに、日本でのこの自殺報道の加熱ぶりは一体??

日本ではきっと「いじめ」も伝染病なのだ。いじめのニュースばかりでなく、お笑い芸人のいじめ系笑いや、ドラマのいじめの場面など。判断力のない子供達がいじめる伝染病に感染し、抵抗力のない子供達が自殺の伝染病に感染する。

ま、そんな理屈はともかく、わが子は大丈夫だろうか。・・・しかしこれが難しい。何かサインを出していないかと言われたってね・・・。 それに、わが子はいじめられる方か、いじめる方か、自殺するのか、しないのか、なんてね、そんな目でわが子を見るのは気が進まない。

11月19日(日)
■数日前にある方から告白をうけて、ずっと考えている。

と言っても「貴方が大好きです・・・」というような女性からの告白ではない。

旧知の尊敬する同世代の男性から「次の県会議員選挙に立候補するから応援よろしく」という、まぁどちらかというと聞かずもがなの無粋な告白だ。

正直驚いた。彼は選挙なんてものにはまるで似合わない清廉潔白で、一途で、虫や里山や自然が大好きで、朴訥な印象で、いつも子供達を相手に田植えや炭焼きを伝えてドロンコになっている男で、どちらかというと良寛さんのような生活観を漂わせていた。

私の所にきて「いよいよやる時期かなと思って・・・」と豊富を述べるその姿は決意に満ちていた。えらい!すごい!まねできない!

しかし現実は厳しい。当選挙区は現職二人が地盤も看板もカバンもあり、牙城は確固としている、ように見える・・・。そこへ割って入るのだ。勝算あっての立候補だろうが、苦戦は必死だ。

でも立候補する、というのだから、すごい、オミゴト、ワタシはそこにほれた。そこまで決意すれば後に憂い無し。仮に落選したからといって何ほどのことがあろうか。彼は相変わらず彼である。

そういう人生観が見えたので、迷わず応援することにした。

で、私なりに今できる応援をしている。幸い4月の選挙まで商売はヒマである。出来る限り彼の為に動いてみようと考えている。なにをどうすればより彼のためになるのか、今それをずっと考えているのである。

自然破壊、地球温暖化、異常気象、教育現場の荒廃、家庭教育の崩壊などなど問題山積の今日、談合だの裏金だのやっている場合ではない、一体いつから政治家は最も効率の良い金儲けの手段としての職業になってしまったのか。

彼ならそれらの問題に真正面から取り組んでくれる。

当地へ引越してきて16年。はじめて「この人に1票入れてみよう」とホンキで思える人に出会った。選挙運動なんてものにはもう30年くらい縁がないが、彼のためなら一肌くらい脱いでもいいかもしれない。

11月3日(金)文化の日
■三日坊主言い訳シリーズ。

そもそもここがあるのに、ミクシーなるサイトに顔を出したのがいけないのデス。そのうえ、8月からこんなコーナーも作っちゃいました。http://www.pairhat.jp/aruhi/aruhi.htm

どれも中途半端。やれやれ。

今日もコタツDE星見。ひさびさの曇り空。たまにはこんな日もあるわいな。あたたかくて皆びっくり。

なんてこと書いて遊んでないで会報作らないと間に合わないぞ〜っ。

八ケ岳通信も締め切り近しだ└(T_T;)┘
ではまた会う日まで・・・。

10月10日(火) 晴
獅子岩はどこに・・続編
10月9日(月)
■オカリーナコンサート
10月8日(日) 晴天
ラッキーの散歩道

■コタツDE星見

熟年ご夫婦3組とそのうちの1組の方のお婆ちゃんと見る。コタツDE星見のイベントとしては珍しいメンバーだ。どなたかが「今日は子供が一人もいないのに空をみあげるなんて・・なんだか不思議」と言われたが、その言葉に代表されるように、星空というのは子供が見上げるものと日本では決まっている。そしてそれは「勉強の一環としてみさせられている」場合がほとんどだから、少し理屈っぽい解説つきで見上げなければならなくて、かなり退屈だ。

我々はそうではない。星空の下で人生を語り芸術を語る。なんていうとオーバーだが、談論風発で時間があっというまに過ぎていく。今日は初対面の3組なのに何故かお互いの家の介護体験の披露となった。みなそれぞれに大変な介護の実態を経験苦労をされていて、順番だからではすまされないような話もあった。「それでもこういう旅行ができ、こういう機会に恵まれ、話すことで明日からのファイトも沸いてきます」というような言葉もいただいた。悲惨な話なのに笑い声の耐えない時間となったのもコタツと夜空のおかげだ。

本来は一介の宿のオーナーと1泊するだけのお客様という関係でしかないハズの私達だが、星空の下にコタツを引き出して鍋で酒を酌み交わしているうちに、そういう立ち入った話題にも平気でお互いに経験や心情を吐露しあう間柄となってしまう。まさにコタツ&星空マジックである。

今晩は満月から間もなくて、星空散歩というより月見にちかい夜だった。見事に澄んだ夜空に浮かぶ月の光はくまなく下界を照らし出し、幻想的な雰囲気。熟年といえどこんな雰囲気の中でこんな時間に外でコタツに入って空をみあげるなんてことは皆さん人生で初めてのことで、大変感激されていた。月光欲という言葉は知っていてもそれをしたのは多分今晩が初めてだったでしょう。

次は月の光の無い、満天の星の下でやりましょうと言い合ってお開きにしたのでした。ものすごく爽やかな晩だった。

10月5(木) 6(金)
■湘南ふじさわウオーキング協会と合同ウオーク。八ケ岳の秋を歩く。
10月3日(火)
■わが市では市の木、鳥、花を決めている最中だ。すでに公募は終了し、現在検討委員会が検討しているところである。
その検討委員会に私が入っている!?驚天動地だ。そんなことがあっていいのか??
役所から私に電話があったのが第一回検討委員会の1週間くらい前。私は専門家でもなければ知識もない。丁寧にお断りしたがそれは困るということだった。歩こう会でよく歩いているから北杜市中の花木鳥に詳しいでしょ、既に印刷物も出来ていて明日発送だという。なんじゃそりゃ、まるで根拠の無い人選だ・・・。良く聞くと30人の委員の内の一人だということで、少し気が楽になり引き受けてしまったのがいけなかった。
会議に行ってみるとそこにいたのは地域委員会の会長であるとか市議会議員やナントカ連絡協議会の会長とかで、いわゆる「あて職」ばかり。他の事には専門でも花木鳥の専門ではないような人達ばかりだった。自己紹介で多少の知識を持っていそうな人物はほんの数人しかいなかった。合併した8つの旧町村から均等に3〜4名づつ選出されていた。多分私は一般市民代表というような立場なのだろう、だったら自由に発言すればいいやと自らをリラックスさせたが、「私らはあて職なので知識を持った方々におまかせしたい」なんて無責任な自己紹介をする方が数名いたことで大変ガッカリしてしまった。実に意識が低い。引き受けたからには少し勉強してみようという気がないのだ。こりゃエライ委員会に入ってしまったなぁ。知識がないばかりか情熱もない委員もいるような会の私は一員になってしまったのだ、やっぱり断固断ればよかった・・・。
市の担当者に「専門家をオブザーバー的に呼んで意見を聞いたらどうですか」と聞いたらそのつもりもその時間もないということだった・・・。10/20には答申するのだという。ダメダコリャ。
今日2回目の会議が行われた。ほぼ花も木も鳥も決まったのだが、最終結果ではないので今は書かない。何に決まっても必ず反対があり、異論もあるのだろうから、ここでは「何に決まったか」は一応棚にあげておく。それより、私はこういう委員会のあり方に疑問を持つのである。何故専門家を呼ばないのだろうか、何故専門家の意見を聞かないのだろうか、なぜ「あて職」と呼ばれるような方々を呼んでそれでヨシとするのだろうか。
あえて言えば花木鳥が何に決まろうと市民生活にそれほど影響も害もない。しかし同じような方法でもっともっと大切なことが知らぬ間に決まって行くのだなあと想像して背筋が寒くなってしまったのである。

今日の会議ではあらかじめ専門家から意見を聞いていった私が口火をきり、それに対して色々な意見を聞いた。結果は必ずしも私の満足するものではなかったが、最終的には多数決で決まるので仕方がない。それより私がガッカリしたのは、会議が終わった後の一人の長老が不満げに漏らした「こんな慎重審議はじめてだ」という呟きだった。それは、検討委員会なんていうものはあらかじめ結論が出ているもので、さっと挙手をしてオワリにするものだ、という意味の呟きなのである。
確かに今回あらかじめ結論は出ていた。事前応募の結果がプリントされ配られていたので、その第一位をすんなり市の花木鳥にすれば良いという考えが、検討委員の多くの方々にはあった。それを私が異論を挟んで議論が始まってしまったので「困ったもんだ」とその長老は思ったのである。

私には専門知識がないので大多数の意見をひっくり返す必殺の情報や言葉が無い。そこが悔しかった。やっぱり門外漢はこういう場に出て行ってはいけないのだと深く反省したのだった・・・。

書きたいことは山ほどあるが、長くなるので一つだけ書いておきたい。「30年後には自分はいないから、別にかまわんよ」という言葉。これは木の選定の時に一人の委員から出たことばだ。ある木が虫の害によって被害を受けており、市も県も対策に追われている。幸い当市は標高が高いことも手伝って周囲の自治体よりは今のところ比較的被害が少ない。だが温暖化の影響でいつ当市も甚大なる被害を被るか分からない。そしてその虫害に対しては今のところ有効な対策がないというのである。で、彼はその木を市の木にしようというのだった。その理由を幾つか述べて、それはそれで納得したが、虫の害については「30年後には自分はいないから、別にかまわんよ」という言葉を口にしたのである!。ほんとにそういう言葉を口にする人が世の中にいるんだなあと正直ビックリしてしまった。100年は生きる木を考える時「30年後はしらんよ」というような意見がどうして口からでてくるのだろう。
わが市はそういうことを平気で口にしてしまうような人がこういう委員会に出てくる市なのだなあと情けなくなってしまったのだった。もっとも私も出ているくらいだから、他の人からみればもっと情けないだろう。失礼しました、二度とこういう会には出ないことを誓います。
なんだか悔しいので、明日早いのだけどこれからウイスキーの水割りを一杯飲んで寝ることにします。
10月1日(日)曇りのち雨
■がんまるウオーク 毎年恒例なので、がんまるウオークの話はやめて、今日は小淵沢の某社長から聞いた話です。 といっても「がんまるさん」がらみのお話。
この話は一言で言えば神様から強力を授かった男の物語で、小淵沢に現存する北野天神社の鳥居の笠石を一人でエイヤっと乗っけてしまったと伝わっています。
さて、社長は今日のウオークに付き合ってくれて、皆が解散した後「今でもがんまくさんのような男が小淵沢にいるんですよ」っと教えてくれた。 今に生きるがんまる氏のお話です。

八ケ岳南麓はどこでも掘れば岩がでてくる。掘り出した岩がその辺の空き地や資材置き場に無造作に転がっている場合がある。その岩を「あ〜、そろそろ片付けなくちゃいけないな」と思っていると、いつの間にか片付いている。どう考えても色々な状況からその男がやってくれたに違いないが、あまりにも仕事が早すぎる。「一体どうやって片付けたのか」と聞くと「覚えていない」というのだそうだ。彼は自分でも「それはどうやら自分がやったようだ」とは覚えているのだが、不思議な力を発揮している時の記憶は無いのが常だそうである・・・。う〜むむ、ジキルとハイドか狼男か一過性全健忘か(^^ゞ。
そういうことが2,3度あって、その社長はその男を信じているが多くの人は彼を気味悪がったりおかしなやつだと決め付けている。

富士見の方から2個の岩が飛んできて神社におさまっている、1ヶ所は大宮神社だ。その男には岩が飛んでそこにおさまるビジョンが見えているのだそうだ。社長はその岩を確認していないそうで「多賀さん、知ってますか」と言うから知っていると答えた。今日のウオークの下見をつい最近やったが、その時見つけた大宮神社の岩がそうだろう。どう考えてもそこにあるのがふさわしくない岩があって、不思議だなあと思っていた。飛んできたのなら仕方がない。もう一箇所はどこだろうか・・・。

身曽伎神社が出来た頃(あの神社は東京から引っ越してきたので初期はどうも神様がいないようだった)、頼まれてその男ともう一人の男が神社に神がいるか見にいった(ここのところがよくわからない話だが・・・)。すると二人同時に「あれ、カラッポじゃん」と言ったそうだ。神社なのに神様がいなかったそうである。で、その男が神を降臨させることになった。(おいおい、神官でもないのにいいのかい?)無事成功させた。神社にはその時から「降臨の木」というのがある。

小淵沢の諏訪神社境内には大きな岩がゴロゴロしている。あるとき「あの岩は昔八ケ岳が噴火した時飛んできた石だ」という話を皆でしていたら、その男は「いや、あれは飛んできた岩ではない」と言い出した。「そもそもあそこ自体が噴火口で、岩は逆にあそこから飛び出していった。今ある岩は火口の岩としてもともとあった岩である」というのだそうだ。「自分にはどうしてもそういう光景が見える」と平気でいうのだから皆がおかしい男だと思うのは仕方がない。

「多賀さん、見に行きますか」と社長が言うので見に行った。なるほどなるほど・・・。境内は奇岩巨岩だらけだが、飛んできたにしては岩の配列に規則性があって、不自然である。仔細に調べると、ここが噴火口であったとしてもおかしくない地形をしている。聞いてびっくり、ここらあたりの地名は「岩窪」だというではありませんか・・・。土地のお爺さんに聞いたら、ワシらが小さい頃は、ここに小さな川があってな、それは温泉で、よく卵を茹でてたオバチャンがいたよ、という話を聞き出せた。
こりゃ、ホントに噴火口だったのじゃないか・・・。ま、そこが仮に本当に噴火口だったとしても別に問題はない。それより私にはその男性の素性が気になった。社長もはっきりとは教えてくれなかったが、そのうち会いそうな気がする。

愉快だったのは、こういう話をする時は「超能力」とか「サイキック」とか「スピリチュアル」とか、今流行の言葉を使いがちだが、社長は一貫して「法力」と言っていた。私はそのことがなんとなく嬉しかった。なるほど「法力」ね・・。昔から超能力なんてものはあったのだ。「法力」という言葉があったじゃないか。社長は「法力」を「授かった人の力」を信じているのだった。午後からずっと雨だったが、大変楽しい時間だった。
今度皆さんを「八ケ岳の噴火口跡地」にご案内いたします。
9月25日(月)
■ウオーキングコースの下見途中、以前あることでお世話になった家があることを思い出しちょっと立ち寄った。老夫婦二人だけでお住まいだ。出てきたお婆ちゃんは私を覚えていてくれた。「今日は別に用事がある訳ではないのですが、そこまで来たのでちょっとご挨拶に寄らせていただきました」と言ったら大変喜んでくれて、お茶を出そうとしてくれた。「いえ、すぐに帰りますから」とあわててとめてホントにすぐ帰ろうとしたら、色々話し出してなかなか私を帰してくれない。

お爺ちゃんは体調を崩して入院中で、家には自分独りなのだという。しかも自分も医者から入院を勧められたくらい体調が思わしくないのだという。しかし自分が入院してしまったら、もっと病状の悪いお爺ちゃんが心配なのでとても入院なんかしていられない、ということだった・・・が・・・。

話していくうちにだんだんお爺ちゃんの悪口になっていき、この家の悪口になっていき、「嫁に来て45年、楽しいことなんか一つもなかった」「嫁にきてみたらこの家にあったのは借金と姑と小姑だけだった」とか、そのほか出るわ出るわ「そろそろ80になる身でこういうことをまだ喋っている自分の人生が情けないが、それしか喋ることがないからしかたがない」と涙ぐまんばかりに、私に思いのたけをぶつけてきた。

う〜むむ、きっと誰にも喋ることもできず、ジっと独りで耐えてきたのだろうなぁと、話し相手になってあげることに決めた。今は憎っき姑も小姑も誰もいなくなったが、息子達も遠くに住んでいるのと、お爺ちゃんと折り合いが悪いのとでなかなか帰ってこない。お爺ちゃんもだんだん本性を現してきて、というより、そもそもそういう病気なのか、すぐ人に手をだしモノでもなんでもすぐ投げる。私は殺される危険性も感じて長男と相談して病院に入れちまっただよ、それで今私一人だ・・・。と、話はだんだん悲惨になっていく。

普通に生きていくってことは難しいねえ・・・。酒飲みの爺さんによく私も仕えたもんだよ。この家を建てたのだってほとんど私の稼ぎさ。銀行だって私を信用して金を貸してくれた。家を建ててすぐ爺さんが体を壊したら医者に「湯治が良い」って言われてね、爺さんは「借金したばかりで金がないのに自分ばっかり湯治なんかに行けっか」とあんときゃあよく言ってくれたよ。でもね、私は爺さんに「借金ってのは健康でなきゃ返すのが大変だよ」って言って湯治へ行かしたさ。それを爺さんは覚えてねえんだなぁ・・。

よく我慢したって廻りの人は言うけど、我慢以外道がない時代だったから仕方がない。貧乏は仕方がない、けどマジメに一生懸命生きるってことが大事。そのことをこの家の誰もが分かっていなかった。私も貧乏な家に生まれたけんど働きものの両親の背中を見て育ち、両親から愛されて育った幸せモンだった。爺さんは親の愛というものを知らないで育ったんだねえ・・。7人の兄弟がいるけど上の4人は親がちがうだよ・・・。

どこまでも暗い話をお婆ちゃんは時々目頭を押さえながら、時々笑いながら、片時も言葉を切らさずに喋り続けた。玄関のあがりかまちに座ったままの私がいつ帰ってしまうのか心配なのだ。

ある夏のことだ、珍しく次男家族が帰ってきてくれて、楽しく夕食をしたが、その後私がお盆の支度を始めた。ほしたら何が気に食わなかったかいきなり爺ちゃんが怒り出しただよ。何を怒っているだかわからねえ。奥から次男もでてきてくれて「せっかく支度してるだからお婆ちゃんの好きなようでいいじゃないか」と言ったら「わけえモンに何が分かる」って怒って殴りつけただよ。いきなり顔だよ、ゲンコツで。まだ小学1年の子がいてねえ次男には。その子の前だもの・・・。次男は我慢してたけど、爺ちゃんが寝ついたその夜中2時ごろ帰っていったよ。「この家の敷居は二度とまたぎませんから」って言って・・・。

あの爺ちゃんを残して私が先に逝ったら息子達が可愛そうだ。私も血圧240だからいつ何があってもおかしくない。入院なんかできないから仕方が無い。時々爺ちゃんを見舞いに行くのは、今日は死んでねえかって見にいくんだよ・・・。

というような話がとめどなく口からあふれ出る。「本来見ず知らずの貴方様に家の恥ずかしいことしゃべっちまってすまないねえ」というが私には気にならなかった。だんだんしゃべりながら元気になっていくお婆ちゃんの表情の変化を見ていて「あ〜やっぱり」と気付いていたからだ。お婆ちゃんは喋り相手に飢えていたのである。話を聞いてあげればお婆ちゃんのストレスはかなりの部分消滅するのだ。

■思ったことは、根底に介護の問題があるなということ。老々介護というが、どちらも相当の負担である。1対1の介護は結局共倒れになる。自分もそういう立場になったら誰かを頼んでケアしてもらうしかない。しかしケアマネージャーというような仕事の人はこういうような話を毎日どこかで聞かされているのだろうか。個人の秘密を知ってしまう大変責任ある仕事だ・・・。ということを考えると、うっかり介護の人も頼めないゾと思ったりしてしまう。

2時間ほど経過した。お婆ちゃんの話はだんだん視野の広いものになっていった。「教育の問題は両親の躾にいきつく」といった話がでるほど、自分の問題から離れていった。このお婆ちゃんは本来そういう話のできるひとなのだ。自分や家族のことだけでなく、社会全体にも目を向けることが出来ていれば、まだまだ精神的に病むことなく、自立して生きていける。そろそろ帰ることにしよう。

帰り際にお婆ちゃんは庭で栽培している野菜を沢山もぎ取ってきてくれて、「ありがとうね」と言いながら私に呉れた。丁度植木の手入れをしに来た職人さんに何か話しかけはじめたお婆ちゃんに、「今度は饅頭でも持って来ますよ」と挨拶して別れた。広い庭を横切り、門から振り返ったら、職人さんと一緒に元気に庭をいじり始めたお婆ちゃんの姿が確認できた。

9月21日(木)
■お金持ちの皆様に朗報です、毎月10万円くらいの小遣い稼ぎをしませんか?ただし元手は1千万円ほどご用意ください♪。昨晩はそんな話で夜が更けていった。

敷地に太陽光発電の設備一式を設置する。発電した電力は全て東電に買い取ってもらうことにして、自家用には使わない(家庭内への接続工事はしない)。以上の方法です。ネ、簡単でしょっ。

ある金持ちのオジイサンが、銀行に1000万を貯金していてもほとんど利息がつかないことに腹を立て、どうせ寝かしておくのだからと、太陽光発電に目をつけ、自分の家の庭を発電所にしてしまった。何枚のパネルを設置したのかしらないが、なにしろ腹を立て銀行の1000万を全ておろしてしまったので、太陽光発電の業者に「これで俺を儲けさせてくれ」と全てを任せた。

ご存知のように家庭に太陽光発電装置を設置すると、余った電力は東電が買い取ってくれる。それを「余る」どころか、最初から「全て」売りつける目的で自宅に設置したのである。しかも1000万円分のパネル(工事費込み)を!!

その「まかされた業者」というのが昨晩我家のお客様で、「いや〜、ビックリした、あのオジイサンには!」とあきれつつ、それからどうしたかの顛末を面白おかしく話してくれた。

2時間に及ぶ漫談のような話の内容は、酒のいきおいで全て忘れてしまったが、その結果どうしたかというと、なんと現在、計算どおりオジイサンは毎月10万円以上の小遣いを手にして喜んでいるということだ!!!。

ふえ〜っっ!!!??

その話が本当なら1000万円が年間120万円以上の利益を生むこととなる。そんなに美味しい話があるの? あらゆる金融商品より利回りが良いのじゃないですか?といっても私には1000万円がないので関係ありませんが・・・。

まあ、太陽光発電については今後調べることにして、虚実ないまぜの漫談話が大変面白かったので、日記に書きとめておくことにした。

ところで、タイミングよく、と言うのか・・、昨日、我が北杜市は、稚内市と並んで、日本でただ2箇所の太陽光発電の推進モデル地区(というのかどうかは曖昧だが)に国から選ばれ、今後色々な関連政策が施されるらしい(補助金事業が始まるのか?、各家庭で低金利融資が可能となるのか?)。

昨日、市役所で行われたある委員会に出席したところ、市長がビックニュースです、といって、委員会とはなんの関係も無い太陽光発電の話を始め、そう言っていた。良く聞いていなかったが、市にとってはなかなかたいしたニュースであるらしい。

ふ〜む・・。じゃ、少し研究して我家も太陽光発電を導入するかなぁ・・・。しかし56歳で15年ローンは組めないネ・・・。んじゃ、導入できないじゃんっ! 

という訳で、このオハナシはお金持ちの方々にお任せすることに致しました。環境にも良く、化石燃料があと20年も持たないと言われる今日、各家庭の太陽光発電化は、東電自身が一番喜んでいるのだそうですから皆様、よくよく研究されて、お金を儲けてくださいませ。

9月18日(月)
■我家の住所は北杜市長坂町小荒間。この住所を聞いて日本のどの辺にあるかピンと来る人は、日本の人口比率から考えてみるに限りなくゼロに近いと思われます。

だいたい「北杜市」なんて一体何県にあるのか、想像もつかない人がほとんどだろう。山梨県にあるのですと説明したって「山梨県?それってどこにあるの?」という人も多いに違いない。山梨県は日本人が国内でまだ行ったことのない県ベスト10に入るのではないだろうか?

その「山梨県」の「北杜市」の「長坂町」ときたひにゃぁ、あーた、もう完全な異国です。んでさらに「長坂町」の「小荒間」とくるから、もうこれは完璧に異郷中の秘境。「こあらま」と読みます。かわいそうな忘れられた人々の住む寒村僻地以外のなにものでもありません。そういう「小荒間」というところに私は住んでいるのです。

が、しかし、驚くべきことに、今日はその「小荒間」が大好きなんですという京都の女性が泊まりに来てくださったのでス。奇跡です。「八ケ岳」でもなく「清里」でもなく「小淵沢」でも「長坂」でもなく、正真正銘「小荒間」に遊びに来てくれたのであります。彼女は別に小荒間に親戚があるとか彼氏がいるとか、というのではありません。また、かつて旅行で訪れて何か特別な出来事があったとか、そういうのでもありません。ただ単純にホントに小荒間が好きで、ナント、京都からはるばる来てくれること今年3回目なのであります!!! 今年だけで3回、ということですよ皆さん!!

きっかけは18年前のテレビドラマだそうです。小荒間周辺が舞台となった西田敏行主演のドラマを見て、なんとなく小荒間あたりが気になっていたのだそうです。ところがつい数年前、偶然にもそのドラマのビデオを貸してくれた人がいて、見たら、前にもまして小荒間付近の景色が「私を呼んでいる」風に思えて、機会を狙っていたが、今年になってやっと時間が出来、矢も盾もたまらず、気がついたら今年もう3回も「来ちゃった」というのであります。

おかしな人ですね〜〜〜。不思議な方ですね〜〜。有難い方ですね〜〜。

彼女は、富士見坂あたりの畑にジッと座って、ただあたりの景色をみているだけで良い、というのです。京都からワザワザ来てですよ!?。 あのあたりをあてもなく歩いて、藁葺きの家をみたり、畑に咲いている花を眺めたり、周囲の山々をぼ〜っと見て一日過ごせば幸せ、というのです。もう病気ですね♪ しかもかなり個性的な病気。私も今まで随分八ケ岳病患者をみてきましたが、小荒間病というのは初めてです。大井が森ではだめで、白井沢でもダメで、まして「線路上」もだめ。あくまで線路下の小荒間地区でなければダメという正当な小荒間派。もはやこれ以上ない偏執的病に侵されていたのでした。

いや〜、嬉しいじゃありませんか、私の住む、私の大好きな小荒間のことをそんなに愛してくださる方が京都にいたなんて。

こうなればもう貴方は八ケ岳、いや小荒間に来るしかありません、小荒間の大地と空気が貴方を呼んでいます、といつもの話に突入してまたもや酒がはかどる夜が しみじみと更けていったのでした。

ある占いによると来年が彼女の願いが満る年であるとかや。小荒間の地に住まい、小荒間で結婚生活を送り、できれば大地を耕しながら生きて行きたいと願う彼女に、果たしてその占いは応えるのでしょうか、大変気になるところではあります。

9月14日(木)
■なんという冗談か。今日は傑作だった。今日はKさんというご夫婦と、Mさんというご夫婦が宿泊する予定だった。

Kさんは事前に「何故ペアハットへ泊まりたいか」というメッセージを下さって、読むと大変熱く、こちらも早くお会いしたいという気持ちにさせられた。一方Mさんはごく普通のメールで申し込まれ「朝食は不要」とむしろ事務的な雰囲気。もちろんどちらも平日に有難いお客様で、準備万端整えてお待ちしていた。

さて、夕食時間が近づいて、最初にチェックインされたのはMさんの方だった。Kさんは待てど暮らせどお見えにならない。はてあんなに熱いメッセージを下さったのになぁと、やや不安になってきた。どこかで事故でも?日にちを間違えたか?

と思う間もなく、夕食の時間となってMさんが降りてこられた。Mさんの夕食をお出ししながらKさんを待つ事にした。夕食がすすむにつれMさんの奥様の話がだんだん面白くなる。「いや〜、ともかく泊まってみたくって」「・・はぁ、ありがとうございます」 「八ケ岳ってどんなところかなって・・」「いやいや、なかなかのところでござんすよ♪」 「大病したときに読んだ本でいろいろ知って」「・・??」 「ミクシー仲間があれこれいうものだから」「・・・!!」

話がどうも似ている。Kさんがメッセージに書いた内容と大変にているのだ。「どうしても泊まりたい?」「大病?」「ミクシー?」いづれもKさんのメッセージに含まれていた語彙である。

「Mさん、今日は奇遇です!。まだお見えになっていませんが実は今日はもう一組宿泊されるお客様がいらっしゃって、その方も大病され、ミクシー仲間なんです」 「エ〜ッ、あら不思議、まあどうしましょう、私の知っている方かしら」

場は大変盛り上がり、早くその方がお見えにならないかという雰囲気になりつつ、奥様の話はまだまだ続く。「私昔離婚して・・・」「スピリチュアルに目覚めたのは・・・」

え〜〜っ!?「離婚?」「スピリチュアル?」ますますKさんと同じではないか!! 

「奥さん!!、その方も離婚されてます!! で、今日はスピリチュアルなことを私と話したいというので来られるんですよ!!」 「まああっ!!、ほんとですか!! それってもう一人の私かしらっ、そうだったらこわいわね!」という展開。私の方が背筋がぞくぞくしてきた。と同時に、ある別の不安がむくむくと持ち上がってきた。・・・まてよ・・・。

さらに話がもりあがり、昔したという大病の話になって、「実は私は脊髄腫瘍で胸椎2本を切っています」というところで、私の不安が的中した。なんとKさんもまったく同じ病状なのだった。

まさかここまで同じ状況下に置かれている人が同時に我家に泊まりに来るわけは無い。つまり二人は同一人物なのだ!!!

「そうか、今分かった、Mさん、貴方はKさんでしょ!?」 と、どういう展開になるのか想像もつかないことを思い切ってしかしおそるおそる言ってみた。・・・・・私の心の中は「Kさんは本当にもう一人のあなただったんですよ」というものだった。

この後の展開はまるで思っても見なかった。そして実に単純なことだった。

私がその質問をした後Mさんご夫妻はしばらくお互いに目を見詰め合って沈黙し「そうだ、私達そうだったんだ」というのです。え?何がそうだったの? まるで今気がついたというように、奥さん自身がKさんであることを認めた・・・。「すみませんね、二組分の食事を用意されたんですか、まあどうしましょう」

「え?でもあなた方はMさんですよね?」と聞くと、なんとお二人は15年前に離婚して、数年前パッタリ会ってよりを戻し、現在は戸籍上は離婚状態のまま同居しているというのである。奥様は使い慣れたKという旧姓でどこでも通し、ご主人は当然自分のMで通す。今までなんの不都合もなかったので少しも気がつかなかったが、こういうホテルの予約のような時はダメネ〜とお二人で納得されている。

つまり、当館には最初ご主人から予約のメールがM姓で会社から入った。次に、奥様(?)からしてみれば確認のつもりで自宅から打ったメールがK姓だった、ということなのだ。住所も電話番号も名前も違えば別の夫婦と思うのは当然じゃございませんか。

今までミステリアスに進んできた会話があっというまにお笑い話になって、私も、まあいいか、という気分。こうなったら私もイスに座り込んで一緒に酒をのみ、さらに話を続けて楽しむしかない。

で、0時少し前まで嗚呼勘違いな夜は更けていったのでした。

幸い余った食べ物は、今日は夕食は要らないといって出かけた娘がご飯食べる、といって帰ってきたのであてがい、無駄にならなかった。

Mさんのその後の話も大変愉快で、興味深いものだったが、その話の内容を記述するのは後日に譲る。今晩の白眉は「嗚呼勘違い」の話に尽きるので、ここまでにしておく。

9月11日(月)
■1ヶ月近くもご無沙汰をしていました。あちこちから「どうした」「病気か」「忙しいのか」という声しきり。

特段の理由があるワケではございません。強いて言えば、天気の悪かったこの夏、後半にやっと夏らしい好天に恵まれて、少しばかり忙しかったのだよ明智君ウハッハッハ・・・とでも申しましょうか。

その夏も終わり、少し腑抜けております。いや、腑抜けていたかったんですが、9月2日から突然キタ花粉症に悩まされ、ただ今格闘しております。ったくこいつは毎年必ずやってきて2ヶ月ばかり居座るどうしようもないヤツ。てん茶がいいとか、ヨーグルトがいいとか、色々な説に飛びついてはアキラメテおります。並行して腹をへこます食事にも取り組まなくてはならず、こちらもキャベツがいいとか、グレープフルーツがいいとか、色々な説に飛びついてはアキラメテおります。

■という状況のなか、昨日は42.195キロのマラソンの距離を歩いて体感してみようというイベントを実施し、残暑厳しき南麓路を、熱中症と戦いながら歩く参加者をサポートしたのでした。楽しかった。

はやくもズームママさんがレポートをあげてくれましたのでご覧下さいhttp://kimamana.info/walk/aruku/marason-0910.html

一見簡単なサポート役というのも、これでなかなか汗をかく仕事です。「常に冷たい麦茶と水を供給する」というのはこういう暑い日は大変。1回の給水所で必ずタンクが空っぽになってしまうのですから。特に麦茶のポリタンクは保冷がきかないので大変。ま、そこがサポート役の工夫のしどころなんですがね。

■気がつけばとっくに娘達の夏休みはおわり、なんと由佳は学園祭までおわっていた。梨絵の運動会は来週だそうで、行事の上では秋たけなわ、というのだろうか。

梨絵はやっと小学生最後の運動会だ。応援合戦のリーダーと閉会の言葉を述べる役割があるとかで、なんだか気が重いらしい。梨絵の小学校は全校生徒数98名である。人数が少ないから事あるごとに何かの役割がまわってくる。いいことだ。良い体験を沢山できることに感謝をしなければ。全校生徒数1800人はいたと思われる私の小学生時代は、運動会のプログラムに出るのだって大変だった。私は運動会は嫌いだったから、うまく立ち回って1回かせいぜい2回の出番しかないように裏工作をした。まして何かの役割など決してつかなかった、というより廻ってこなかった。

そのせいか、今になって色々な役目が廻ってきている・・・。ま、仕方ありませんネ。

■このところ、あちこちで「人間の質」「人間の品格」といったものが落ちているという話になる。そういう話を臆面もなく声高に話してしまう私も「品格」がない。しかし確かにそう思う。こういう話は自分を棚にあげないと出来ないので、ここはいったん棚に上げる。

つい先日も「なくならない車中置き去り。パチンコ主婦」という新聞記事を読んだ。あれだけ騒がれているにも関わらず、相変わらずなのだそうだ。パチンコ店従業員は最低1時間に1回は駐車場の車の中を巡回チェックするというのが最近のマニュアルだという。パチンコ主婦の人間の質を疑う。

自分がやりたいと思ったことはなんでもやっていいと思う感覚、恥ずかしいという感性がないとしか思えない行動、他人をおもいやるという気配りがまるで無い発言、公共モラルの低下、私語になってしまった「お天道様が見ている」という言葉・・・。

ある結婚式の席上、ある製造メーカーの社長が、自社の宣伝もかねてこうスピーチした。「高い品質の物を作ろうというと、すぐに技術力うんぬんという話になるが、技術力で高い品質の物を作れると思うのは錯覚である。質の高い社員がいてはじめて、質の高いモノが作り上げられる。その点我が社の社員教育は・・」とまあ自慢話になっていき、「○○君は入社当時から質の高い社員で・・」とおきまりの展開になっていくわけだが、その部分はともかくとして、前半部分は共感するところ大であった。

質の高い世の中にするには、人間教育が必要なのですね。「学力」も「技術力」も大事。「モノ」も「カネ」も大事。そんなことは分かっている。その上で「もっと他にも大事なことがあるかもね」と分からせるには、子供のうちに「人間教育」を施すしかない。簡単なことです。きわめて簡単なことだ。「我慢させる」「欲しいものをあげない」「やりたいことをやらせない」「忍耐力を養う」。そして「挨拶が言えるように」仕込む。子供には徹底してそれをやれば、品格のあるオトナになること必定だ。こんな分かりきったことをどうして世の親はやらないのだろうか。昔は「ジッと我慢」したうえで「キチンと挨拶」が出来た子供が沢山いたような気がする。そこに「品性」というものが見えた。今はとてもムリ。今の子供に出来ないものの2大行為が「我慢」と「挨拶」だからだ。それが「品格」の出発点なのに。

さて、教育の話は難しい。自分だけを棚にあげればすむのではなく、わが子まで棚に上げなければ出来ないからだ。そこで良識あるオトナならつい口をつむぐ。わが子を見られては大変だからである。ガハハ、いいじゃないの。あくまで「論」なんだから。という品格のない居直りで話を結ぶからどうも私の話は説得力が無い。かくなるうえはわが子に将来「品格のあるオトナ」になってもらって、私の論の正しさの証明を待つしかない。と書いてハタと気がついた。私は私の両親のなんらかのオシエの成果を証明をしたオトナになったのだろうか??? 

8月19日(土)
体育館のような建物の中に

あれ ラーメン屋が?

奥で親子が食べているようだけどなんか変だなあ・・。
ご丁寧にも氷の彫刻まであるのか、と思ったら淺川兄弟のプロフィール紹介のアクリルの掲示物でした。ここは高根町生涯教育センター内の「淺川兄弟」の資料館でした。

淺川兄弟とは地元高根町出身の偉人ですがあまり知られておりません。機会があれば是非ここを訪れて、お二人の事跡をお読み下さい。日朝友好の象徴としてこのお二人以上に重要な人物はいないのではないでしょうか。もっともっと見直され、世に知られるべき人物です。

本来ならセンター内の1コーナーなんていう待遇でなく、独立した記念館を建てるべきヒトです。

今日はその話ではなく、センター内で開催されている八ヶ岳88景の展示を見に行ったのでした。

目線がちょと高いかな・・。

そのうち地図やウオークコースを自由に持って帰れるようにして、一般の写真展とは違うというアピールをしなければ・・・。

8月16日(水)
・ぼた餅とおはぎ

大泉のセブンイレブンに売ってました。これって掟やぶりじゃありませんか??しかも両方とも山崎製パン。

なっとくいかないなあとおもいつつ両方買ってきた。

大きさは違うが味は同じ。

 
原材料を調べてみると「つぶあん」「もち米」「麦芽糖」「トレハロース」ここまで書き順も同じ。おはぎの方に「きな粉」とあって、さらに「pH調整剤」「酵素」「グリシン」と同じ内容。最後に、ぼた餅の方に(原材料の一部に卵を含む)とあり、おはぎの方に「原材料に卵・大豆を含む)と書いてあって、これはきな粉の材料のことだろう。

してみると、まるっきり同じものではないか、え〜、山崎さんよ〜。

同じモノを名前を変えて売ってはいけないという法律はないので、ここはあえて褒めておこう。作戦勝だね、山崎さん。

どうしても「ぼた餅」じゃないとダメなヒトや、絶対「おはぎ派」のヒトがいるのだろうから、同じ材料同じモノを、その両方に買っていただく作戦とみた。で、どっちでもイイ私のようなモノ好きは両方買うだろうという作戦。いやあ、見事にのせられました。

追)「ぼたもち」「おはぎ」の簡単見分け法。頂き物がオハギがぼた餅かどちらか分からない場合は、両方を棚に乗せておくとよいそうです。しばらくして棚から落ちてきた方がぼた餅です。

8月12日(土)
・昨日「夕立が無い」なんて書いたせいだろうか。本日昼間ものすごい稲妻と雨と雹に見舞われてしまった。昼食を食べ終わってちょっと汗をながそうとシャワーを浴び始めたら、突然風呂場にものすごい冷たい風が吹き込んできた。小窓を全開にしてあるからだが、それにしても冷たい空気だ。シャワーを浴びているのに体がどんどん冷えてくる。なんだいこれは?

昼飯の時は上空は晴れていた。八ヶ岳は真っ黒い雲に覆われて、稲妻が走っていた。風呂へ入るホンの数分の間にあの雲が降りてきたんだなと悟ったが、それにしてもものすごい音がする。カチン、ゴツン、ガシャンとまるで金属が金属にあたっているような音でシャワーの音が聞こえない。

あれっと気がつくと足元に雹がゴロゴロ転がっていた。風呂場の小窓から吹き込んできて、床はいつのまにかカキ氷をひっくり返した状態。しまった、客室の窓もすべて全開だった!!

あわてて飛び出してバスタオル1枚で全ての客室のチェック。南向き以外の窓という窓から容赦なく雹が飛び込んでいる最中だった。こいつと格闘すること30分。表では稲妻が時折走って、雷鳴も轟き、部屋の中に凄まじい音と光が交錯する。。ミケランジェロが地獄絵図を描いたかどうかしらないが、たぶん彼が見たら題材にしただろう。なんとかきれいにして最後に自分達家族の寝室を恐る恐る覗くと、オーマイガ、マンマミーヤとはこのこと。床一面ぶっかき氷をばら撒いたように真っ白。築地だったらこの上をマグロがすべっていくところだ。

窓だけしめて覚悟をきめもう1回風呂に入りなおす。体がすっかり冷えてしまった。で、もう一度寝室に行くと、雹はよほど冷たく凍っているのか、少しも解けずにざくざくとそのままの状態で待っていてくれた。よしよし良い子だ、掃除機で吸い取りそのまま外へポイ。それを何度も繰り返してやっと格闘が終った。

被害は屋外照明2基破壊、物置の天板の波板が穴だらけ。畑の作物ほぼ全滅。レタスなどは誰かが包丁でザクザク突き刺してイタズラしたように無惨。僅かにトウモロコシだけが被害を免れた。今年の畑は散々だ。低温、日照不足、豪雨ときて雹で一撃されアウト。ブルーベリーなどの農家にも甚大な被害があったと想像する。ラッキーの様子を見に行くとヒーヒーと情けない声を出して小さくなっていた。

唯一の収穫は、雹には目玉があるというのを発見したことだ。雹の生成に由来するものだが、どの一粒一粒にも目玉がある。伊勢屋名代の葛まんじゅう、といったら形状を分かってもらえるだろうか。あの、水の中からすくいだしてツルンと食べるヤツ。こいつは愉快だ。もっとも餡子も氷、周りも氷だから真っ白。葛まんじゅうより魚の目に近いというヤツもあり、よく観察してみると楽しい。一番でかいヤツで直径3センチはあっただろうか。半端ではない。

こんど雹が降ったらもっともエレガントな魚の目と葛まんじゅうを捕まえて冷凍庫で飼っておこう。で、しかるべき人物が来たら渡して、雹の解体儀式をとり行い、その生成の謎に迫る。いや〜、実に科学的態度だ、って「しかるべき人」って誰?

8月11日(金)
・この夏の中間報告

1)気になること。夕立が無い・・・・。

ここのところ毎年夏というと八ヶ岳が熱帯雨林気候になってしまったのではないかと思われるくらい必ず夕立が降ったものだ。今年は1回もない。今年の7月までの異常な雨量の多さには驚いたが、それと関係があるのだろうか。

2)我が家のお客様

夏前に「中高年向きペンション宣言」をしたが、所詮自分のHP内でチョコッと宣言しただけなので、あまり浸透していない。雑誌やガイドブックを見て来てくださる方にはそんな宣言など知る由もない。もう数年雑誌やガイドブックには掲載していないが、昔のヤツを見て電話を下さる方が案外多いのです。それは分かるなぁ、私だって一度ガイドブックを買えば、毎年買え変えたりしない。

で、今年の我が家は、例年通りの赤ちゃん連れと、HPを見て下さった中高年の方々とが入り交ざって、お客様には申し訳ない状況が続いてしまっている。まぁ、過渡期ということで許してもらうしかありません。

有難いことに、素泊まりや夕食なし、というお客様が断然増えている。中高年向きと宣伝したこととの因果関係は分かりませんが、これは大変嬉しいことです。体力が少し落ちてきた我々にとって、1日に1,2組くらいの夕食無しのお客様がいらっしゃると、大変ホッとします。

聞くところによると、これって、我が家だけでない状況のようだ。旅行の形態が変わったのか、ペンションというものの使い方がもっと自由でいいと、やっと気がついてくださったのか、理由は分かりません。

3)ホタルいよいよレッドデータブック入りか。

もう全然ダメですね。今年の天候のせいなのか、そもそも今年あたり絶滅する運命だったのか。星も見えない。夜中散歩するのですから、たとえホタルに会えなくとも満天の星を見ていただくというプレゼントが例年ならあったのですが、今年はまともな星空にまだ出会っていない。

8月7日(月)
■気がつけばまた日記をほったらかしていた。ミクシーというサイトには時々書いているので、そっちをコピーしてごまかすことにしよう。(8/1と8/6の日記がそうですスイマセン)

■来年のNHK大河ドラマ「風林火山」のオープンセットは我が家から車で5分。少し宣伝してあげることにしました。http://www.pairhat.jp/kansuke/kansuke.htm

■ヒヨドリの雛は2日前無事巣立った。ただ今我が家周辺を親鳥とともに飛行訓練中。えさの捕り方をならっているのかなあ、随分ピヨピヨうるさい。家の中で聞いていても親鳥と若鳥の声がはっきり違うのでなんとなく あ、今のはウチのヒヨドリだ、なんて勝手に思って楽しんでいる。

■シーカヤックであそびましょう。本日急遽決定。夏の終わりが楽しみだあ!!http://www.pairhat.jp/kayak/kayak1.htm

8月6日
今日は小海線の大曲りについてお話をいたしましょう。
小海線の撮影ポイントとしてつとに有名な小淵沢の大カーブ。
あれは何であんなに大きく曲がっているのでしょう。
実に奇怪なお話でスミマセン。
http://www.pairhat.jp/mokuji/fusigi/koumisenn.htm
8月1日
昔から色々な話が伝わっておりますが、モノがモノだけになかなか売れなくて困っているというなか、なんと先日コンサートをやった「ゆず」が実は購入していたという話を高校生の娘から聞いたのであります。ホント? 小淵沢の友人から聞いたそうですが、「ウソでしょ」というと、「だって、そうじゃなきゃユズがあんなところでコンサートやる意味がないじゃん」というのであります・・。子供は喜んでおります。あそこをゆずが買ってくれれば、頻繁にコンサートが開催され、聞き行くチャンスも増えるということらしい。先日はじめて「ゆず」というグループのことを知った世間知らずの私は、ま、どっちでもいいんですが、なんかおもしろそうな話題。誰か真相をオセーテ。

■上の日記をミクシーというサイトに書いたら相当ダークな情報が入りました。世の中怖いことだらけ。

7月26日(水)

■ガラス越しの撮影なのでかなり不鮮明だが、親鳥が昨日から落ち着かない。様子をみていると、どうやら卵を突っついて、雛が孵るのを手伝っているようだ。

午後になって1羽孵ったのが確認できた。約12日間で孵るということか・・・。親鳥は大変忙しい。孵らぬ他の卵を抱く仕事もあり、孵った雛にエサを探してこなければならない仕事あり、巣の掃除もしているようだ。卵の殻の内側の皮膜のようなものを外に棄てたりしている。もしかしたら他の卵も孵っているのかもしれない。親鳥は頻繁に出入りしている。なんだか大変そうだなぁ・・。
それに反してヒマな私はずっとそんな光景を見守っている。
エサはどこまで探しにいくのだろう。10分くらいすると虫を咥えて帰ってくるが、ちぎって与える訳にはいかないので、1回に1羽にしか与えられない。こうなるとその辺をニョロニョロ這っている虫を見つけては殺していた私のいつもの行為を反省しなければ。沢山の小さな虫達が命のピラミッドの底辺にいなければ私達の存在だって成り立たない。
 
■ようやく青空だ。まったくひどい梅雨だった。昨晩久々に星を見た。随分新鮮な感じがしたと同時に懐かしい思いだった。夏の夜空の見ものはいくつもあるが、真っ逆さまの北斗七星もその一つ。「あの柄杓で天の川の水は汲めるか?」なんていう質問を子ども達に出す。だいたい「柄杓ってなあに」という回答がが出てきて、話は紛糾する。いつもの夏がやっと帰ってきた。が、まだ梅雨明け宣言ではなさそうだ。
 
■由佳は夏休みだというのに相変わらず学校へ行っている。7月一杯は夏期講習という名目でほぼ通常授業がおこなわれるのだという。そのうえ夏休みの宿題はたっぷり出ているから、夏休みの方が勉強が大変という状況に陥っている。
 勉強して何になるの、という質問の答は難しい。しかし、勉強が好きならそういう質問はしない。好きなものはたとえ無意味でもするものだ。私がウオーキングするのもただ単に好きだからで、誰かを納得させる理論などありまセン。
 いつか由佳が「勉強して何になるの」という質問をしてきたら答えてやる用意は出来ているが、信じがたい事に、由佳は勉強が嫌いでないようである。「分かってくると面白いね」なんて言っている。
 勉強が嫌いでないということと勉強が出来るということは直結しないところがニクイところだが、少なくとも勉強が嫌いでないなら学校生活もそれほど苦ではないハズである。自分自身の学校時代を振り返って、それは大変好ましいことであり、羨ましいことだと思う。
春ごろ、かなり重症の「中学の方がよかった病」にかかっていたが、さすがに友人もできたらしく、「皆でクラスのTシャツも作った」などといって喜んでいるところを見ると、なんとか「五月病は」はクリアしたようだ。
7月23日(日)
 鳥の行動パターンが読めた。抱卵からいったん離れると、約20分は帰ってこない。体を伸ばしに行っているのか、エサを食べに行っているのか。
 しかしグフフ、その間に、失礼して巣の中を覗かせていただいた。あらあら、4つもあるじゃないの!? すごいなあ、
 今年のこの季節はいつもより雨が多く、気温も低いから抱卵も大変だろうと思う。このうち一体幾つ孵るのだろうか。
 がんばれヒヨドリ、あれ?ヒヨドリを応援したのなんて始めてだ。こいつはカラスの親戚だからいつも他の鳥を脅かしている小憎らしいやつなのに・・。まいいか。

右は大雨の為に落下したブルーベリの実、廃棄処分しかありません。もったいないですね。 今年は例年の3割のできだそうです。「3割減」でなく「3割の出来」というのが悲しいですね・・・。

ホタルはしっかりいてくれた。雨なのであまり飛んではくれなかったが、河原に10匹以上光っていた。
悲喜こもごも。いろんなことを考えさせてくれる八ヶ岳自然体験。
いつまでも梅雨がつづく中、こちらも如何にお客様に八ヶ岳を楽しんでいただくか、暗中模索が続く。

■昨日のお客様の話に触発されて「胎児の生命記憶」という本を読んだ。といってもオカルトチックな話ではなく、「個体発生は系統発生を繰り返す」というオーソドックスな内容。

そのことは漠然と知ってはいたが、あらためて詳細に読み直すと驚くべき内容だ。例えば胎児は32〜38日目くらいの間に、それまで「魚の心臓」だったものに隔壁ができて右と左に分かれる。鰓呼吸から肺呼吸への準備である。つまり古生代デボン紀から中生代初頭にいたる1億年を越す「上陸劇 」の再現をしているのだそうだ。

この、生命誕生史の中でも最もドラマチックな出来事中に妊婦はつわりを起こす。そして、つわりの始まるこの時期に流産が一番多いという事実から、文字通り生命の陸地進出が如何に「難産」だったか分かるというの だ・・・。

爬虫類時代を過ごす胎児の表情が異様だ・・・。

この本は生物の生殖年齢と年齢の関係についても触れていて、カマキリの例もあがっていた。カマキリのオスは放精が済むとメスに食べられる。交尾の姿のままメスは後ろを振り返って頭からガブリとやるのだそうだ。オスは痛がるようなそぶりも見せず、あたかも恍惚として喜んで食べられているようだという。産卵という大仕事を控えているメスに、少しでも栄養を与えて死ぬ、という 最後の奉仕なのだろうか。

サケのすさまじい死に方も書いてあった。はるばる太洋から川を遡ってきたサケは、一斉に排卵と放精を行う。川の水が白く濁るのだという。この後起こるサケの体の変化は劇的である。オスにもメスにもその体に黴が急激に増殖し始め、24時間以内にほとんど全ての親が死に絶える。まさに、子孫を残すためだけの人生(魚生?)だ。昆虫だけかと思ったが、サケも赤ちゃん誕生(孵化)の場面に親はいないのだ。もっとも、いたとしてもどれが親子か分からない。ましてどれが父親か分からない(^^;;)

こう考えてくると、高等動物になればなるほど家族の役割というものが大切になってくるようだ。高等動物は一人(1匹)では大人になれない、ということなのだろうか、不思議な摂理だ。

その家族が、今ヘンだ。親が子を殺し、子も親を殺す。そんなニュースばかり。家族がいらないということは下等生物だ。ヒトは、下等生物化し始めているのか ・・・。

7月22日(土)
■昨晩も飲むうちに「人類の役割」なんていう壮大なテーマとなってしまった。もっともテーマは壮大だが所詮酔っ払いのヨタ話で、内容は実にたわいもない。話している分には気宇壮大だが、書こうとするととてもじゃないがシラフでは書けません。って、酔っていてもかけません。

ただひとつ「おばあさん仮説」というのが面白かったので、覚えているうちに書いておきます。

人類がここまで発展して地球上で大きな顔をしていられるのは、実にオバアチャンのおかげであるというのです。人類の永遠のライバル(?)チンパンジー君との違いは「オバアチャン(オジイチャン含む)」がいるかいないかの違いであるというのです。

つまり、チンパンジーもヒトも含めて、あらゆる動物たちの仲間で、オバアチャン世代が生きているというのは、なんとヒト、人類しかいないのだというのですね。

「生命」の重大な使命は「次世代を残す」ということですから、通常の生物達は、その使命が終われば死ぬことになっています。チンパンジー君も、その生殖能力と申しますか、メスなら閉経とほぼ同時に寿命が尽きる訳です。オスもその能力が失われればそれが即ち寿命なのです。

もっと端的なのは、昆虫でしょう。交尾後にメスに食われたり、死んだりするオスはいくらもいます。メスにしても産卵を終えると命が尽きます。そうすると生まれてくる世代からみればオバアチャン世代どころか、 オカーサンオトーサン世代さえいない訳です。

何故か人類だけが、生まれた子に祖母祖父までいるのであります。時にはヒーオバーチャンまでいたりするのです。

実はそのことが、人類繁栄の秘密だったのです。父母は祖父母に子どもをまかせて仕事にでかけることが可能です。祖父母と子どもが一緒にいる時間が長ければ長いほど「文化の伝承」ということも行われます。昔は世界中どの民族も大家族形態でした。生殖能力もなく、社会的な生産能力もなくなって、なを寿命があるということの意義は、そこにあったのです。

よく知られているとおり、人類は知能が発達したため、頭骸骨が異常に発達しました。頭が大きくなりすぎて、ヒトとしての成熟を待って出産すると産道から出られません。そこでヒトはヒトとして未熟児で生まれてくるのです。俗にトツキトーカといって約10ケで生まれてきますが、実は 私達は全員未熟児だったのです。ヒトほど、生後かなり長い年月がたたないと自己保存が可能にならない動物は他にいません。例えばキリンなどは誕生後すぐに歩き始めたりします。

そこで、ヒトの父母は子の面倒を長い期間見なければなりません。そうすると、食物を獲得したりする活動に支障が出てきます。そこで、「面倒を見る役割」としてヒトの寿命が長くなり、祖父母という「人種」が誕生したのではないか、というのが「オバアチャン仮説」です。地球の生命史上、ヒトが始めて「オバアチャン」という世代を獲得したのです。

オバアチャン世代は実に人類に貢献していて、尊敬されて当たり前の世代であったのです。みなさん、じゃけんにしていませんか??されていませんか?? オバアチャン万歳です。

もっとも、人類のそういうシステムそのものが人類を滅ぼす要因でもあるのだそうですから油断がなりません。「人類がヒト化の途上にあって前進すればするほど、前進が絶滅を意味するような宿命的な時点へますます近づいてゆきます。その時点に至るまで、人類は歩みを止めることはできません。自己の絶滅へ向って登りつづけねばなりません」 これはアムステルダムで行われた「解剖学会」におけるL・ボルグという教授の講演記録の一部です。1926年の講演です。

今私達が更なる前進の過程にいるのか、絶滅への坂を下り始めたのかは、誰にも分かりません。

神がもし私達を「次の次元」へ引き上げようとしているのだとしても、どの時点で引き上げようとしているのかは、誰にも分かりません。

■ついでに。

私達の地球の最後は「太陽が赤色矮星になって巨大化し、地球の軌道にまで達し、呑み込んでしまう」というシナリオだというのが通説です。150億年後のことだそうです。

ところが、最近では、そうではないらしい。地球自身の物理学的寿命はせいぜい後50億年だろうという考え方が有力になってきたのだそうです。

地球を1個の生命体としてみると、現在の地球は「地球物理圏」というのと「自然生命圏」という二つの「圏」で成り立っている、と考えられるそうです(人間における「人体」と「精神」のようなものだろうか?)。

マントルやら海洋やらの循環システムに影響を受ける「地球圏内」と、植物や動物達の循環システムに影響を受ける「生命圏内」の状況をあれこれ計算をしてみると、どうも様子がおかしい。どうやらこれに「人間文化圏」という第三の「圏」というものを考慮にいれないといけないのではないか、というのがさらに新しい説だそうです。

人類は、その活動で「自然生命圏」に影響を与え、ついには「地球物理圏」にまで影響を与え始めているということです。「人間文化圏」というのが地球圏内のどこまで影響を与えているかは、今のところ誰にも分からない。しかし、分かっていることだけで推理してみてもすでに地球の寿命にかなり悪影響を及ぼし始めているというのです。

で、人間圏の活動が今まで通りに続いたとすると、地球自身があと50億年で死期を迎える、というのだそうですが・・・・。

■いや〜、いろんな仮説を考えるヒトがいるものですね。

それが真実かどうかなんてことは、ホントは私にはどっちでもよくて、そういうことを飲みながら語るお客様が来てくださるということが、私には断然楽しい。

次はどんなヒトがどんな話を持ってきてくれるだろうか。

7月20日(木)
■あれからヒヨドリはずっと卵を抱いている。もう6日めだ。一体何日で孵るのか? 

傾いたかに見えた巣は私の見間違いで、しっかり固定されていたようだ。よかったよかった。しかし可哀そうなのはこの雨だ。あれから毎日雨が続いている。野生の掟の中では日常的なシーンなのだろうが、人間から見れば雨の中でジっと卵を抱いているなんてちょっと過酷。

■豪雨は各地で記録的な雨量となり被害も拡大している。梅雨前線が居座っているからだそうだ。いつも思うが自然災害で家を壊されてしまった方々のお気持ちとは一体どんなものか。今晩から寝るところがないのだ。ほんとにお気の毒としか言いようがない。土地まで流されてしまった人もいる・・・。

■明日は学校の終了式で夏休みもはじまるというのに、昨日も今日もちょっと寒かった。昨日は久々に「燗酒」を飲んだ。

■そんななか、私はまたもやシーカヤックで遊んでしまった。

http://www.pairhat.jp/kayak/2006/2006-7/tv.htm

■そうだ、先日「日本風計街道」というプロジェクトのテレビ取材も受けたのだがナニセ天気が悪い。「風景街道」なのに風景が見えないのではテレビにならないので土曜日再取材だという。なんだか土曜日まで雨は降り続く気がする・・・。

■そのプロジェクトの中で「赤道(あかみち)復活作戦」というのを展開していくつもりだ。赤道というのは昔、木々を伐りだすために作られた道であったり、山中に散在する村々を繋げる道であったり、さまざまに使われていた公道であったのが、道路の発達や生活様式の変化によって使われなくなり、ついには地図に掲載されなくなった道のことである。けものみちのような場合もあれば、馬の両側に荷駄を載せて通れるようにつくった幅2メートルあるかというような道もある。例えば清里開拓の道の一部が赤道だ。開拓の道は地図には載っていないがれっきとした公道である。

そういう道路は日本全国に沢山あるハズで、もしそれらを復活させたら、それが日本のフットパスにならないか、という考えなのだ。

7月15日(土)
先日ヒヨドリがビニールの紐やらなにやら加えて窓の傍をいったりきたりしていた。パソコンをしているすぐ前の窓だ。へ〜、こんな時期に巣をつくるんだ、すまんなあビニール紐しかなくて、と見ぬふりしながら応援していた。だが私にはヒヨドリが巣を作っていることより、巣を作られている木の方に、「ほ〜、あの木も鳥が巣を作るほどに成長したか・・・」と関心がいった。

この木は植えようか植えまいかまよって、まあ植えとくか、といった程度の木だったので、その存在を忘れていた。ある日食堂から窓の外にヒョロヒョロとゆれている紐のような木が見え、「お〜あの木だ!」と嬉しくなった。それ以後折に触れ目にするが、と

いうより、いやでも目にはいるのだが、大変キレイな花を咲かせたり、冬はいつまでもその赤い実を鳥達に提供したりしていて、なかなか「働く木」に成長したのだった。。雪の日など、しっかり雪を頭に乗せて、モンスターのように窓の傍に立っている。「よしよし、もっと大きくなれモンスター♪」と私は喜ぶ。モンスターの大きさで、今どこでスノーシューが出来るか分かるのだ。
つめた剪定をしているので大きくはならないが、ついに鳥が巣をつくるまでに成長した。今までは実を与えていただけだったのに・・・、成長したもんだ。
 なんだかこういうような絵本を読んだことある気がするのだが思い出せない。
 木もヒヨドリも頑張っていただきたい。今日、ヒヨドリはほとんど一日同じ姿勢で卵を温めていた。雷り入りのものすごい夕立があって、どうしているかと見たら少し巣が傾いていた・・。親鳥はいない。どこかに雨宿りにいったのだろうか?卵は冷えてしまうのじゃないだろうか? 
今(23:44)見たらさっきより巣が傾いているようだった。一時親鳥は帰ってきていたようだが又いなくなった。卵はころがり落ちたのか・・・?
 こんなことが自然界では年中行繰り返されているのだろうが、やはり目の前で展開されると大変気になるものだ。野生には手を出していけないのがルールなので、ぐっとこらえて巣には近寄らない事にする。
■と、のんきにヒヨドリの巣の話などしている場合じゃなかった。今日は私のミスでお客様一組があやうくダブルブッキングになるところだったのであります。ほぼ満室のお客様の夕食の準備をしていると、「こんにちは」ともう一組お客様が見えたではありませんか!? 「○○です」とおっしゃるが記憶がない。ともかく幸い一部屋だけ空いていたのと、食材の用意はあったので、なんとかなるという算段がたち、真っ白にはならなかった。が、「す、すみません」と平謝りしながら必死に記憶をたどりつつ、「え〜っと・・」とパソコンをいじっていると、お客様がホラこれです、とその画面を出してくれた(^^;;) 
 むむ、完全なる私のポカでした。いや〜、まずかった。空いている部屋といっても実は小さな部屋だし、食事も1時間遅れにしていただいたり、すべてお客様へしわ寄せ。それをガマンしていただくようなことになってしまった。夏の始まりにこれじゃ、我ながらこの先思いやられる。かみさんに「遊びのことはポカがないようだけどね」なんて皮肉られてしまった。
 こんなことは業界では年中繰り返されているのだろうが、やはり自分の宿でそういうことになると、大変恥ずかしいものだ。今日はぐっとこらえて仕事の後の焼酎は控えました。
7月13日(木)
・今日は何から書いていいか分からない。お客様と大変面白い会話をした。と書けば私の日記のパターンを知っている読者の方々はハハン又アレか、と思うかも知れない。そうなんです又アレなんです。またまた語らずにはいられない不思議なお客様が来て下さったのです。どうも我が家には定期的に不思議なお客様が宿泊しに来てくださることになっているようだ・・・。

雨が降ってきたのでお出かけ中のお客様の部屋の様子を見に行った。窓が開いていると雨が吹き込んでしまうからだ。と、丁度そこにお客様が帰ってこられた。「いや〜、大変だったでしょう、どこで雨にあっちゃいました?」と尋ねると、その質問にはちょっとズレた答が帰ってきた。「今、ちょっと用事で○○神社に行って来たのですが、あそこはすごい磁場ですねぇ」と感に堪えぬ様子でおっしゃるではありませんか。おっ、その一言で私にはピンときた、この方と喋らなければいけないのだ・・・。

まあお茶でも飲みませんか、と食堂にお誘いし、まずは私がお客様を誘った理由をお話した。というのはこのお客様は2泊されているのだが素泊まりだから、あまり話す機会もない。ここで話さなければ会話をしないままチェックアウトされてしまうと思った。それではつまらない。もっとも、お客様の方で「あまり構わないでもらいたい、仕事で来てるのだし」というような場合もあるので、私としても誰彼構わず話しかけるわけではない。滞在中わざとほっておく場合もある。

しかし、「磁場がすごい」なんていう言葉を発するお客様を私がほっておくわけはないのです(^^ゞ そして多くの場合、そういう言葉を発した時にヒトは相手の反応を見る。何も動かされていないようなら、それっきりもうその種の話はしない。しかし私は心が動かされた。お客様もそういう私の心を読み取っただろう。だが、もしかしたらほっておいてもらいたいのかもしれぬお客様を強引にお茶にお誘いしたのだから、まず私から話の切り出しをしなければならない。

私のいつもの「八ケ岳には神がいる」的な話をいくつかして、「神というのは自然そのものかもしれない、自分の魂かもしれない、光かもしれない、宇宙全体かもしれない、案外身近にいるのかもしれない、そして時には磁場や波動という形で何かを表すのかもしれない」などなど、おもいつくままのヨタ話をして、「だからお客様のその磁場の話をもっと聞きたいのです」とつなげた。お客様はジッと聞いてくださり、時には笑いながら頷いてくださった。そして語り始めた。

「私は、水の浄化に来ているのです」「え? はぁ?」  「○○神社の下にはもしかしたら世界中の水の流れの元となる最初の水滴があるのかもしれません」 「おお? ええ??」と、私は最初から返す言葉がなかった。

「物理的な水脈という意味ではありません、三分一湧水には去年もきましたが、あそこも大変すばらしいエネルギーを持っている水です」 「日本100名水と呼ばれるような水は確かにどれも高いエネルギーを持っています」 

「あの〜、エネルギーが高いということは具体的にどういうことなんですか?」と私。「水は万物の中でも特に情報伝達能力に優れているのですが、エネルギーが高いということはその能力が素直に生かされている、ということです」 「・・・・」

「今、地球は乱れています。火も、風も、水も浄化されないことには、地球の進化はおこりえません。いま、神は地球を次のレベルに引き上げようとさまざまに画策中です。しかし、良いエネルギーを注入するには、まず穢れたものを浄化することが必要です。コップにキレイな水を入れようと思っても、そのコップの中に汚れた水が入っていたとしたら、その水を浄化するか、棄てるかどちらかしなければなりません」

「大地が浄化され、水が浄化されれば、良いエネルギーが世界中に伝達されます。その、最初の伝達の始まりが、日本から始まるのです、それは世界中のヒトが知っていることです」 「す、すると、貴方が八ヶ岳に来たということは、八ヶ岳が世界の中心となって、ここから浄化がはじまるという意味ですか」 「そういえなくもありませんが、その地その地で役割が違います。沖縄は沖縄の、四国は四国の、そして八ヶ岳は八ヶ岳の役割があります。しいて言えば、八ヶ岳からも始まる、ということでしょう」 う〜〜むむ・・

「で、ですねえ、浄化、というのは具体的に貴方はどうするのですか?」 

「私は神に指示された場所に行けばよいのです。私は単なる道具にすぎません。私を通じて神がその地を浄化するのです。私は昨日みずがき山に登ってきました。大変でした。私は山登りが好きというのではありませんから。それにしてもあそこの磁場もたいしたものです。私があそこの場に立つだけで、神様はそこにさらなるエネルギーを注入するのです。もし磁場が乱れていたり、地下に鬱積したエネルギーなどがあった場合は、まず私を通してそれらを吸い上げるのです。文字通り私は単なるパイプに過ぎません。私のような役目をおおせつかった人はこの世に何人もいます。みなそれぞれの役割を持って、それぞれの指示をうけて全国を廻っています。一銭にもならないし、時にはヒトから変な目で見られることを、やり続けなければならないのです。でも楽しいですけどね・・。 昨日は部屋で寝て起きたら目の下が真っ黒になっていました。きっと私が寝ている間に地下から何かを吸い上げたのでしょう・・・。このあたりは武田の時代に戦いで死んでいったヒトたちの無念の思いがまだ沢山染み込んでいますから、まずはそれらを光に返してあげることからしなければなりません」

う〜ん・・・と私はまたもや唸るしかなかった。

「去年の秋までは私は風の浄化で全国を歩いていました。冬からは水の浄化に歩いています。去年大きな台風が多かったのはきっとそのためかもしれません。冬に日本海側で記録的な大雪が降ったのも神の浄化行為の一環だと私は思っています。雨や水は見た目にはその場をすぐに洗い流してきれいにしてくれますが、雪の浄化能力こそ絶大です。雪は積もればあたりのエネルギーを包み込み、じっと内部から奥まで浄化していくのです。」

「どうやら来年は火の浄化にまわされそうです、今のところどういう指示が出されるのかはわかりません」 「誰が貴方に指示を出すのですか?」 「いろいろな神様です。私は高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)や天照大神のお言葉も感じています」 「え〜っ・・・」

すごいことになってきた。天照大神といえば日本神道の最高神ではありませんか、そして高皇産霊尊といえば天照大神よりさらに格上の存在で、造化三神と呼ばれ、天地開闢の時に出現した神の中の神である。その神々のお言葉を直接聞いて動いているのだという。

私には聞いてみたくなったことがあった。「で、貴方は私のペアハットにどうしてきてくれたんですか?」 「それも神が決めたのです」 「え、え、え〜〜っ!!」

「○○神社に行きなさい、という指示がありましたから、私はパソコンで色々調べました」「あ、そうかインターネットですか」とちょっと私はガッカリした。「ところが、どうもペンションというところは一人客を歓迎しないようなのです」 「いえいえ、そんなことはありませんよ」 「まあ、歓迎のペンションもあるのでしょうが、いろいろな意味で私が望むペンションは少なくともパソコン上では 何回やってもペアハットしか出てきませんでした。そこで神様にお伺いを立てました。ペアハットというペンションに泊まる様になるのですが、そこで良いのですか?と」  「そしたら、『私がそこに泊まるように手配しておいた』というのです」

「え〜〜〜〜〜っ」

今度こそ私は飛び上がった。私のペンションは神に直接指名されたのだった! しかも神様は私達がここに住んでいることをお喜びになっているというではありませんか!!。

大地や地下水はその上に住んでいるヒトの「気」に影響される。もし貴方が鬱積した気持ちや、不満だらけの毎日を送っていればそこの大地や水は穢れ、浄化が必要になってくる。しかし、もし貴方が明るく前向きに、その土地も愛して毎日を送っていれば、それは無意識の内に貴方がその地を浄化していることになる。そういうヒトが多ければ多いほどその地のエネルギーが高くなる。エネルギーが高くなれば、神のやろううとしていること、すなはち「人類と地球を次のレベルに引き上げること」がやりやすくなる。

「八ヶ岳は大変そういう気に満ちていて、歩いているだけでコロコロ笑いそうになるくらい気持ちが良い」「あなた方ご夫婦もそのようなエネルギーでここを浄化している人たちだから、神様は大変喜んでおられます」だって!!

いや〜、これは素直に嬉しいじゃありませんか。人と土地の結びつきというのは、そのようにしてあるのかもしれない。誰にでもなんとなく住んでみたいと思う土地や、行ってみたい土地というものがあるものだが、それは無意識の内に神に呼ばれて浄化するという役目をおおせつかっているのかもしれない。そしてそういう役割を無意識にこなしている人々というのはきっとその土地での生活が楽しく上手くいっている人たちなのだ。

他にも沢山沢山話をしたのだが一日の日記としてはこのくらいの長さが限度だ。続きはまたそのうちに。

7月11日(火)
・ウオーク大会でお世話になった方々へお礼参り&借りたものを返しに行くツアーに出発。

近在を車でクルクル廻るだけだがこれがなかなか終わらない。行くと捕まってすぐ1箇所で1〜2時間経ってしまう。皆さんお忙しい方ばかりのハズなんだけどね、人恋しいのでせうか? さるところで、「くだらないオオムラサキ祭りなんぞにどうして1千500万つかうのだ!」というような話になった。私もその意見に賛成だ。地域委員会というのを通じて祭りに金をだすのだが、合併して悪平等主義とでもいう弊害がでた話を聞いてしまった。白州の祭りは今まで一銭も補助金をもらわず、商工会や地元の人たちが頭を使って運営し、かなりの黒字を毎年だしているらしい。ところがここにも「平等に」金をばらまかなきゃいかん、といって、せっかく「補助金なんか要らん、ちゃんと黒字でやってるよ」というのに金を出した。地元はその金をどうつかうか困っているというのだ。

おいおい、どうして困るような金をばらまくのだね!!まあ、「おらんとこにもよこせ」というヤツも白州にだっているのだろうから、そういうヤツの為の口封じなのかもしらん。それにしてもホントにお上のばら撒き政治はなんとかならんか。というより、そういう金を欲しがる連中がなんとかならんか。

勝手に下りてくる補助金などめあてに行動するんじゃありませんよ、みなさん。そういうものは返上しなさいね。みっともない。お上ももっと上手につかいなさいね。みんなの税金なんだからサ。

ガハハ、とはいえ、私も先日のサイクリングイベントでは助成金申請を出した。これはしかし自ら申請し、自信を持って「八ケ岳のフアン獲得の為に大いに役立った」と胸を張れる。そのくらいの自負はある。そうでなければ申請などしてはいけない。まして、申請もせず黙って下りてくるような金はプライド持って「要らぬ」と付き返すか、胸を張れる使い方を考えるかしなければならない。

つまるところ、アイデアがないから今までどおりの祭りや、文句のこないような平等配分になってしまうのだと思うが、本当は、新しいアイデアを出したり、今までと違うことをやろうとすると叩かれるという古い住民の意識があるから誰も新鮮な意見を言えないのではないか。「誇り」なき人生が全ての悪循環の源かとも思われる。今流行の「もったいない」という言葉にならって「みっともない」も流行らせよう。この二つの言葉は今や完全に死語になっている。復活させねば。

・なんていう話がネ、何故かあちこちで出ましてネ、今日は4軒しか回れなかった。ま、いいでしょ。

・先日テントを借りに行った折の職員の態度の悪さとシステムの不便さを市長にメールを出して訴えておいたが、今日その返事が来た。担当部署の責任者からの返事で、スミマセンでしたと謝っているのだが、なんだか悪いことをした。責任者に謝って貰わなくとも、あの時応対に出た本人に反省してもらえればいいのだ。貰ったメールでは本人が反省しているかどうかは分からない。責任者はこの不便なシステムをどうするのか、そこだけ考えて書いてくだされば良かったのだが、ここで私もサラリーマン時代を思い出してしまった。部下の不始末は上司が尻拭いするのが世の習いなのでしたネ。う〜ん、可愛そうな上司。

ま、でも仕方がない、そういう部下を育てなかったのだから。役場の職員の態度の目に余るものとシステムの不合理なものは今後もどしどし市長へメールで指摘するつもりなので、もし関係者がこれを読んでいたらどうぞお覚悟を。民間は常に消費者のそういう目にさらされているのです。お役人へは地元の方々はなにかとしがらみがあるので黙っているからね。黙っていれば改善は見込まれない。誰に何をいわれようと しがらみもなにもない我らヨソモノが言うしかありませぬ。

7月10日(月)
・タイミングよく、というのかなんというのか、日本風景街道のテレビ取材依頼があった。む〜・・・、そのためのウオークコースを早めに作らなければ・・・。秋までになんて言っていられなくなってしまった。なんと来週までにだ!!。いやはや、これもどうしましょう。

そろそろ夏の支度をしなきゃ間に合わないが一向にすすまないぞ。

7月9日(日)
・ウオーキング大会無事終了 http://www.pairhat.jp/bbtaikai/2006report.htm

夜明け前に雨が降って遠方からの参加者にかなりのキャンセルが出たが、幸いスタート時には雨がやんで、参加者には雨の影響なく歩いていただけた。好評裏に終了させることが出来てメデタシメデタシ。

夜は風景街道の会議。幾つかのウオークコースを製作することになった。秋頃までには具体的にしよう。

7月5日(水)
・はやいなあ、どこで聞いたかカヤックに乗っているところを取材させてくれだって・・。どうしよう、取材日はすぐらしいが、カヤックがないぞっ。昨日遊んだカヤックは借り物で、取材日は先約があってカヤックの在庫ゼロだってさ。ネットでレンタルを探すか、この際中古をかってしまうか、悩むところだ。ま、なんとかしましょう。

それはいいが、ディレクターは八ケ岳が大好きな地元長坂在住のヒト。へ〜、始めて地元のヒトで八ケ岳が大好きというヒトに出会った。で、彼も八ケ岳シーカヤック倶楽部に入った。いいね、そういうノリ。一緒に八ケ岳を宣伝していきましょう。

7月4日(火)
・カヤックに乗って日本を考える・・・、というわけじゃありませんが、なかなか面白いものです。

http://www.pairhat.jp/kayak/2006/2006.7.4.htm

7月3日(月)
・まずは昨日の自転車イベントの速報を。http://www.pairhat.jp/jitennsya/2006/2006yatugatake.htm

完走後のパーティーたけなわの頃、大きな虹が出て一斉に歓声があがった。最高の演出だった。ブルーベリー娘もなんとか認知してもらえたようで、来年からの定番になりそうな予感。

毎年恒例のイベントをテンションを下げずに継続させるには主催者側にそれなり愛着や思い入れや楽しみ等が必要だ。今年のブルーベリー娘の導入は私なりのカンフル剤のつもりだった。次は「ミス・フォトジェニック」や「家族大賞」や「頑張ったで賞」などの各賞を発表できる体勢に持って行きたいネ。

・なんて考えてる場合じゃなくて、来週はブルーベリーとオオムラサキの里ウオーク大会。

7月1日(土) 曇
・八ケ岳開山式に参列。特に感想もないが昔から演出が何も無く味気ない会だ。神事とはいえ観光シーズン幕開けを告げるイベントのようなものだから、もう少し工夫があってよい。

・「何百万年か前に誕生した今の人間達も、いつかは滅びる。でも、その前の時代にも自分達と同じような「人間達」がいたのかもしれないし、今の人間達が滅んだ後も、同じような人間達がまた誕生するかもしれない」なんていう意味のことを梨絵が突然しゃべりだした。「その通りだよ、人が生まれ変わるように、人類全体もまた、生まれ変わりをくりかえすのさ」と答えておいた。相変わらずの夕食風景。

・来年から始まるNHKの大河ドラマ「風林火山」 主人公は希代の軍師「山本勘助」。 なんとここ北杜市に山本勘助の墓があるのです。ドラマのロケも北杜市で行われることが決定しています。ので、来年は当地に風林火山ブーム、山本勘助ブームがおこるでありましょう・・・、という訳で、北杜市のメルマガに連載している「北杜市スローライフな歩き方」というのに「山本勘助の墓をめぐるウオーキングコース」を紹介した。勘助の墓の真贋のことや勘助の事跡などについていろいろ書いたら、「勘助の墓」を守る山本家の方が読んで大変喜んでくださったらしい。編集の方が教えてくれた。有難いことだ。

・犬の予防注射に連れて行ったら我が家のラッキーはそろそろ50歳に近いらしい・・・。ふ〜ん、犬ってなんでそんなに早く年を取るのだろうか。というよりも、犬の寿命を人の寿命に換算すればそうなる、ということなのだろうが、そんなことに意味があるのだろうか?寿命6日のホタルのオスは生まれて3日で40歳なのだろうか?なんだかあまりロマンチックではないなあ。40歳の雄ホタルが40歳雌ホタルと交尾するのだ、全く夢がないではありませんか、なんて、そんな風に想像しなきゃいいんですけどネ。

・明日はいよいよ自転車イベント。ブルーベリー娘は果たしてイメージどおり機能するのでありましょうか? たのしみだなあ。清泉寮で下準備をしていると次々に懐かしい顔が。明日はもっと「同窓会」のようになる。これだからイベントはやめられない。参加者の笑顔を見ているだけで幸せだ。Kさんがニトロペンダントを首から下げていた。それで40キロに挑戦というのだから頼もしい。

6月29日(木) 晴
・本日、9日のイベントに使うテントを予約しに長坂町スポーツセンターに出かけた。毎年ここで借りている。今年から「指定管理者制度」によって 多くの町営施設の管理が民間に移行されている、ここもそういった施設の一つだ。といっても、どの施設ももともと町の持ち物だから、運営にも制約がいろいろあるようで、 新スタッフの方達も 戸惑いながら運営しているようなハナシがあちこちから聞こえていた。

しかしまあ、一応制度が始まっているので、現場の窓口に行けばすべて話が通じるハズである。と思ったらさにあらず。今日は「テントは町の物なので町に行って申請してください」と言われてしまった。管轄は教育センターだという。なんじゃそれ、なにも変わってないゾ?それに「町の物」というなら、ここの全ては「町の物」だ。何をいうてんねん、と思ったが、スタッフに怒っても仕方がない。はいはい、申請書はここにないのね、じゃ、教育センターに行きましょう、と穏やかに引き下がった。

で、教育センターに行ってテントを借りたい旨を話したら、書類が2枚出てきた。うひゃ、なんで2枚?と思ったが、これがお役所だ。書きながら「何故向こうに申請用紙がないの?」と聞いたら、「テントはここが管理してますから」とニベもない。そうだとしても申請用紙くらい向こうに置いておいてもいいんじゃないの?と食い下がった。「でもテントは町のものですから」とまるで分かっていない。「制度が変わって、全て向こうで済むと思うヒトも多いんだから、申請書用紙くらい向こうにおいとけば? で、書いてもらってFAXすればすむんじゃないの?」と言った。市民をあの窓口この窓口と移動させるシステムが一番不便で 不親切である旨を伝えたが、「FAXでは赤い色が伝わらないです」ときたもんだ!!

うひゃ〜、なるほど、私が書いている用紙をよく見ると、教育長だか誰だか知らぬが、しっかり四角い印が赤く押されていたではアリマセヌカ! し、信じられません。ネット予約で何でもできる時代に、今時テントを借りるのに四角いハンコ が赤く押された書類をやりとりしなければならないのです。

実に前時代的と申しますか、非効率ともうしますか、おそろしくなりました。窓口に出てきた若い男は如何にもこのハンコの押された書類をやりとりするのが大切、とばかり威丈高で、市民の不便さなどには何の 興味もないようです。「テントを貸してやるのはオレ様だ」といわんばかり。テントも何もすべて税金で買っていて、それらは本来市民のものであることが、まるで教育されておりません。

こういう男こそリストラすべきで、そのためにはパソコンの活用、インターネットの活用がかかせないのです。我が市には、これ以上つまらなくて不便なHPは他にないのではないかとおもわれるHP があります。北杜市のHPです。ご覧下さい。つまりこのことが雄弁に物語っているように、職員の誰もがパソコンやネットの活用にまるで無関心なのですね。

役人の窓口対応に今後も改善は望めないとすれば、全ての用事はネットで出来るようにしていただきたい。そうすれば市民もイライラせず、市も人件費削減に大いに効果があるはずです。

なんてなことをね、あまり腹がたったからすこしやんわり書いて市長にメールを出してしまいました。

出してから、あまりにも小さなことで、しかも、個人的に腹がたっただけだから、わざわざ市長にメール出すほどのことじゃなかったかなぁと反省したが、出してしまった のだから仕方がない。

それに市民の腹が立ったことの一つ一つが、どんなに小さくてくだらないように見えても、それが現実に日常的に役所の窓口で頻繁に繰り返されていることである以上、やっぱりなんとかしなければならない本質的なことであるのだ、と自分にいいきかせて納得させた。

よし、明日からもまた「腹の立ったことシリーズ」を送るとするか。ってそれ嫌がらせ?(^^;)ゞ

6月26日(月)
・サッカーが面白いじゃありませんか。もう、すべて決勝戦と言っていいくらいの闘い。これじゃ日本は無理だよねと納得してしまう。見ていてあらためて分かったのは、スポーツは強いものが勝たないと面白くないし、最終的にはやっぱり強いものが勝つということ。奇跡や神風や偶然で弱いものが勝ってもまったく面白くないということが分かってしまった。つまりですね、後に続かないのですよ、奇跡で勝っても。ドラマはそこまで・・・。それではいけません。

なんだか世の中の全てそうだなあと思うこの頃。偶然テストで良い点を取ったり、奇跡でワンランク上の学校に入学出来たとしても、その子は後が続かないからヘンなことになってしまうのですね。最近のおかしなニュースを見るにつけ、そういうことを考えてしまう。

無理して良い結果を出しても、その後にゆがんだ結果が待っているから、「本物の実力」をつけるまでは「順当な結果」こそふさわしいのですね。

自宅に火をつけて燃やしてしまう子が続出しているが、期待されて後が続かなかった子なのだろうなあと同情してしまう。しみじみ期待されずに育った自分を有難いと思う。子は親からの期待に応えるのではなく愛情や信頼に応えるのですね。

わが子に注ぐ同じ愛情や信頼を日本のサッカー界にも注ごうではありませんか。

6月24日(土)
・すいませんが、ホタル日記をそのままコピー&ペイストしてごまかします
■6月24日(土)
・オオムラサキセンターでホタルコンサートという催しが行われ、お客様と出かけてきました。
 6:30から歌。ピアノの弾き語りの背景に地元の天文写真家のスライドを映し出すと言う演出。いや〜写真が素晴らしかったです。星や天の川の写真を中心に、花や昆虫他郷土の自然を表現したもので、1枚1枚にメッセージがあり、どの1枚も無駄なものがなかった。
 「今日のテーマは光です。ホタルと星、そして皆様の心の中でキラリと光るものをイメージして、作って見ました」なんていう粋なしゃべりで映像を紡ぎだした。最高だった、もう一度見たい。
 歌は地元のKさんという方で、まあ、地元だから許しましょうという塩梅。映像が素晴らしかったのでなんとか60分以上の時間を座ったまま過ごせた。
 コンサート終了後館長のホタルの話。相変わらず情熱と愛情のこもったしゃべり口で、聞く人をほのぼのとさせる。こういう方が館長を務めるならどこの官営施設も人気となるのだが、他の官営施設ではありえない。ここは「情熱」と「誠実さ」で「工夫」して「実行」してしまう館長のいる稀有な施設だ。「跡部」さんといいます。皆様もオオムラサキセンターを訪問される機会があれば「跡部」館長をお訪ね下さい。
 さて、すっかり暗くなった20:15分。ご一行様を引き連れて館長がホタル見学へ。今日はコンサートもあったので5、60人はいただろうか、ゾロゾロと歩くが、こういう時はもう大変。懐中電灯をホタルにあてているのもいるし、駆け回っている子供達もいるし。大勢なので館長もやむなく声を張り上げている。とても幽玄で繊細な蛍の光を味わうどころではない。
 しかしホタルは沢山出ていて、皆喜んだ。館長の話によると今年は1週間くらい遅い、ということだから、来週くらいがゲンジの最盛期か。その頃にはヘイケも出るから、7月上旬はゲンジの衰退期とヘイケの出現期が重なり、ホタルウオッチャーとしては両方のホタルに出会えて最高の時期といえるだろう。
 その頃には当館前にもホタル前線が上がってくる。という訳で、当地のホタルの季節はこれからです。お楽しみに。
 今日の館長のお言葉に「飛んでいるのはほとんどオスです」というのがあったが、「ほとんど」というのを数字でいうと何%なのか、教えてほしいなと思った。というのは、私のイケナイ観測によると(イケナイ観測というのは、近寄ってきたホタルを捕まえてオスかメスか調べてしまうという方法。これは皆さん、イケナイのでしないでネ。ムフフ) 案外メスも飛んでいるからです。確かに、本にもメスはあまり飛ばないと書いてあってその通りなのですが、実際に捕まえてみるとメスも想像以上に多いことに気がつきます。団体でそれをするといっぺんにその地域のホタルは激減するので私もグループを連れて行くときはやらせませんが、家族を1組ぐらいご案内するときは子供にそれをやらせる場合もあります。やっぱりホントのことを知るには時には捕まえたりしないといけません。ここらあたりの駆け引きやタイミングが難しいのですけどね。
 こんなことを書いてしまう私の日記を「どうもマナーをしらないヤツだ」と思って読んでいるホタル愛好家もいるのでしょうが、素直にすみません、と謝っておきます。もっとも、愛好家に謝っても仕方がないので、ホタルに謝らなくっちゃね。ゴメンねホタル君。仮に捕まえてもすぐ放すから許してネ。
 もっとも馴れてくると、飛んでる状態でもオスかメスか判別できることがあります。私は最終的にその達人になればいいのですが、やっぱり子供達にはね、見せてあげたい。
6月10日(土)
・親子連れ40名とドロリンピック大会。無農薬で米を作る農家の田圃を借りて。ソリレース、バレーボールその他、一日中泥だらけ。ドラム缶でお湯を沸かしてポンプで吸い上げてシャワー。

・新宿区生涯学習課というところが主催者だが、責任者の方々も自らドロンコになって盛上げている。こういうイベントなら子供も喜ぶし、応援する我々も楽しい。やっぱりどんなイベントも関係者全員が自ら楽しまなくては成功しない。

・サワガニを見つけたり、トカゲに咬まれたり、羽化したばかりのオニヤンマを捕まえたり、子供達にも色々収穫があったようだ。

・明日は田植え。本来ならもうとっくに田植えを終えていなければならない時期だが、田圃を提供してくれたTさんは意に介さない。子供達にこういう体験をさせてあげることが喜びのようで、いろいろと熱心だ。この方は6/4の日記にも書いたが、無農薬米の生産に取り組んでいる。八ケ岳という所は田でも畑でも無農薬農法に取り組む方が多いが、Tさんの話によると、それでもまだまだ周囲の理解が足りないそうだ。ときどき周囲の農家から無農薬農法で挑戦していることについての嫌がらせやら皮肉やらの言葉を投げかけられることが多いと言う。確かにそういう話はよく聴く。

昔から本業でやっている農家から見れば、手間隙の割りに収穫高の上がらない無農薬の米や野菜などは道楽としか思えないのだろう。まして自分の田圃で泥リンピックなんて!。

この地域では高根の長沢というところで泥リンピックを開催するが、あれは5月5日、田植えはまだまだ先なので農家にも余裕がある。Tさんの凄いところは、田植えの時期に開催するということだ。本来なら忙しくて子供の相手などしていられない6月に何故開催か? 理由は、ドロンコになった子供達が、少しでも寒くないようにという配慮なのだ。で、1ヶ月ずらした。目線が子供本位なのである。これはなかなか出来ないことだと思う。

そこまでやっても実は、参加者の親達はあまり理解していない。廻りの田圃にすっかり稲が植わっているのを見て「なんでここだけまだなんだろうね」なんて言っているし、周囲の農家からは「ほらやっぱり道楽だ」という目で見られかねない。

もちろん理解者も多く、今日はそういう方々の縁の下の力持ち的な応援もあってスムースに行った。私が声をかけた方々も来て下さった。有難うございました。感謝感謝です。

・夜はみんなで蛍を見に行った。ほんの数匹の蛍だったが、喜んでくれたようだ。

6月6日(火)
■昨日は歩こう会の総会だった。総会後の懇親会に大沢さんのオカリナコンサートを用意した。ハハハ、私自身が聞きたいから♪ しかし当然皆さんにも大好評。当然でしょう。もうこれは「当然でしょ」というしかないですね。毎回書いて申し訳ないが、「おつきゆきえさんの朗読」と「大沢さんのオカリナ」は誰が聞いても感動間違いなし。誰に薦めても、首に縄をつけて無理やり聴かせても感謝されること請け合い。「当然でしょ」というものだ。

もちろん人には好みがあり、相性がある。中には「感動しない」と言う人がいるかもしれない。いて当然でしょう、世の中は広く人の数は多い。しかしそういう人には「お気の毒ですね」というしかない。

せっかく人として生まれて、ゆきえさんの朗読にも、大沢さんのオカリナにも感動しないとすれば一体何に感動する為に生きているのだろうか。その人の感性のために「お気の毒」と言わざるを得 ませんな。

■私は前から大沢さんのオカリナコンサートとゆきえさんの朗読を合体させたイベントを開きたいと考えていたが、毎月ゆきえさんが送って下さる「通信」によると、なんと8月に新潟のオカリナ奏者五十嵐さんという方とコラボを行う、とあるではないか!! うひゃ〜、やられたなあ・・・。

ま、しかしその案内を見る限り、だいたい想像できる範囲内のイベントであるようだ。心象写真なども織り込んでおやりになるそうだから、ますます「想定内」だ。ゆきえさんの声とオカリナの音色と心象写真の風景が溶け合った穏やかな、「癒し系」の仕上がりになるのだろうと予想される。それもアリだ。が、プーク人形劇場で行われるのでプロの舞台監督なり演出家なりがいるかもしれない。そうするとどうなるのか期待したい。(行ってみたいが8月6日なので無理)

■そのゆきえさんが今月また八ケ岳に来る。今回はなんと3日連続だ。嬉しいですね〜、今の所その3日間のうち2日間は行ける日程だ。楽しみですね〜。

まるで関係ないが6月といえばホタルも出るのですよ、いや〜、なんと素晴らしい6月だろう。大沢さんを聴いて、ゆきえさんを聴いて、ホタルにあえる・・・・。ホタルにも私は感動を頂いているのです。6月は連日「感動感動また感動」ですな。梅雨なんて関係ありません。あ〜忙しい♪

■で、やっと「ホタル観察日記」開始。といっても、今日はホタルに会えなかった。

6月4日(日)
■ある方より無農薬米を戴いた。古代米も少し戴いた。両方あわせて炊くと不思議な見た目、不思議な食感となった。奇しくも10年間無農薬で野菜を作っている人と話をしたばかりだった。続く時は続くモノだなあ。どちらの人とも食の安全性やら自給率やらの話になっていった。

八ケ岳は無農薬やら有機栽培やら不耕起農法やら、薬品漬けの現代農業に背を向けて頑張っている人が多い。そういう彼ら達の顔ぶれは、よそ者又はきたり者と呼ばれる「移住者」に多い。たまにそういうことに取り組んでいる地元の方がいると思うと、たいていしばらく都会へ出ていた方だ。わざわざ「移住」又は「Uターン」して「農業」に取り組むくらいだから意識は高いのだろう。

そういう人と話すと、日本の一番の問題は食料問題であるという。例えば「世界中の人口1億以上の国々のなかで、穀類自給率が28%なんていうのは日本だけ。他の国は全て80%を越えている。そのこと一つを取ってみても異常であることに気がつきます」なんていう話をさらりとおっしゃる。そして、僅かに自給しているそれら生産物がどのくらい農薬汚染されているか、食品添加物は多国籍企業の権利強化のための基準がまかり通っているなどなど、話し出してよどみが無い。いやあ勉強しているなぁ・・・。

■今日別のある方と話をしていて、日本人の一番の問題は「政治に無関心であることだ」とおっしゃった。例えば憲法改正、例えば共謀罪、例えば愛国心等について、すべて国に都合が良い方向に「改正」されよいとしているのに、誰も声をあげない、誰も行動しない。その人はどんな場合が共謀罪になるか具体例を分かりやすく書いたチラシを自ら作り、国会前のデモにでかけてチラシをまいてきたりする。いやあ〜、行動しているなあ・・・。

■今日は又、ある「まつり」に出かけて主催者と話をした。手作りの小さなお祭りだが、どう見ても主催者の大赤字である。しかしその主催者は地域をなんとかおこそうと昔からあれこれ果敢に挑んでいる人である。「祭りやイベントは赤字でもよい。これをキッカケにこの地域が元気になれば」とニコニコ笑っている。彼にとってはそのことが「今一番の関心事」なのだ。

■さて、今日は忙しい。中村紘子のコンサートにでかけた。彼女の「チャイコフスキーコンクール」という著作を読んだばかりである。そこから推測するに彼女の一番の関心事は「現代のピアノ教育事情」であり「ピアノを楽しむことと、コンクールに出ることの意味の違い」などであろうか。ピアノを演奏するその姿からも全身全霊で「ピアノを演奏するとはどういうことか」数十年間取り組んできて、いまだに取り組み続けていることが伝わった。

■いや〜、皆さんそれぞれ人生をかけて「一番大事なこと」に取り組んでおられる。

今日はなんだかそういう感想の一日だった。翻ってわが身は?と問いそうになるが、まあいいでしょう。

■ところで「6/1からホタル日記開始」なんて自分で書いておきながらなかなか出かける時間ができませぬ。思うにホタルは自分の一番の関心事ではないのだな。

そうすると、今の私の一番の関心事は「目の前のやらなければいけない事」だ・・・・・・。うひゃ〜なんて小さな人生でありましょうか。

5月31日(水)
■やっぱり夜遅くまで起きているのはいけないね。体重が増えてしまう。どうしてもお腹がすくから(駄菓子はグッとこらえるが)水分でお腹をごまかす。白湯の場合もあり、紅茶の場合もあり、焼酎の場合もある。もっとも最近アルコールを飲む量が減ってきた。会合等で飲む時は相変わらず飲みすぎてしまうが、家で飲む量は意識的に減らしている。今も手元にあるのは白湯。白湯を飲みながら日記を書くというのは、昔の私から見れば不思議な光景だ。

■昨日オオムラサキ遊歩道を歩いてきた。いいね。やっぱりいい道だ。先日「信玄棒道」でウオーク大会が開催されたが、こちらも良い道だ。身近にこんな道があるなんて、これは幸せだ。幸せはヒトに伝えなくては・・・。

私はウオークを始めてから、なんとなくエホバの証人ものみの塔の方々の押し付けがましい家庭訪問が理解できるようになってしまった(f^^) だって、自分が信じるもの、自分が良いと思うものは人に伝えたいと思うもんネ。 エホバの方々ほど私はズーズーしくないので家庭訪問はしませんが、もうこれは「歩け教」と言っていいかもしれない。人の顔を見れば「歩きなさい、歩けば救われます」的なことを言っているような気がする。

そして、私の住む世界(八ケ岳南麓)をウオーカー達のユートピアにするのが最終目的というのだから、あーた、こりゃ、完全にキテますな。ハルマゲドンじゃあるまいし、「最終目的」はないでしょう。

が、しかし、私はホンキで思っておるのです。八ケ岳南麓こそ全世界のウオーカーの聖地である(聖地にしたい)。

今週末に開催される清里高原ウオークも間違いなく素晴らしい道です。このエリアならどこで大会を開いても、どこを歩いても素晴らしいこと間違いなし。こんなエリアを単なる車社会の観光地としていてはいけません。バチがあたります。もっともっと他の方法を考えなければ。

で、今度の日本風景街道の会が上手く起動に乗れば、そのための端緒には手がつきそうだ。この会についての説明は省くが、今年になってから出来た会で、かなりスッタモンダしたあげく、いや、まだモンダの最中だが、頑張れば見通しは暗くない。

しばらくは、エイホの証人(えいほえいほと歩くから)としてますます布教活動に力をいれましょう。

■昼間これは日記にかかねば、と思ったことがあったのだが、それが何か忘れてしまった。最近そういうことが多い。いよいよキタか。若年性ナントカというヤツ。まてよ、「若年性」ではないかもしれない(f^^)

5月19日(金)
■5月一杯で閉館となる清里のK’MOP音楽堂でサヨナラコンサート。久しぶりに大沢さんのオカリナを聴く。う〜むむ、彼はネット上で「進化するオカリニスト」と自ら書いているが、まさにその通りだった。

昔貴乃花が横綱になる時の勢いが物凄くて、「朝起きて又強くなる貴乃花」といわれたものだが、大沢さんの今がそうだろう。2年前にデビューしたばかりなのにもう、イタリア、韓国、オーストリア、とコンサートの実績も予定もビッシリだという。

今日はサヨナラコンサートで、大沢さん以外にも数名出演していた。サックス奏者はよかったが、Kさんという女性は残念ながらまだ大沢さんと同じ舞台に立つ人じゃなかった。実力の伴わない人が自分のコンサートやリサイタルならともかく、このようなサヨナラコンサートで、自分のオリジナル曲なんてやってはダメですな。Kさんは近頃北杜市の催しものによく出る。当地出身なのだそうだ。NHKの「 みんなの歌」というのに取り上げられて少し有名になったらしいが、甘えてはダメだね。地元でばかりやってないで他流試合をしてくると良い。ピアノもKさんという男性が出演したが音響のせいだろうか、やたら大きい音で弾くという印象で感動がなかった。ピアニストなら「会場全体に伝わるピアニッシモ」で感動させなくっちゃね。彼も近頃有名どころとテレビに出て活躍しているそうだが、彼の演目もオリジナルが多くてダメだ。君のリサイタルを聞きに来たのではないと言いたいくらいだった。どうして演奏家は場をわきまえずに自分の曲を聞かせたがるのだろうか。司会の女性もちょっとしゃしゃり出すぎ。

そんななか、大沢さんだけがやはり目立った。大沢さんの良いところは作曲しないところ。世界中の既に評価の定まった楽曲をオカリナで演奏するという冒険を行う。例えばバイオリン曲のチャールダッシュ。例えばチックコリアのスペイン。例えばシューベルトのアベマリア。どれも既に聴衆にその曲のイメージがインプットされている。そのイメージを凌ぐ演奏をしないと評価されない。そこを敢えてオカリナ1本で演奏してしまい、高い評価を得る。皆に感動を与える。その勇気、その根性、その実力、その独自性、そのパワー。どれも一流である。演奏技術に自信があるからこそできる芸当だ。日々是精進の毎日だろうと想像する。精進することが楽しいのだろうなあ。

5月17日(水)
■G/W直前に突然我が宿の営業方針を変えた。と言ってもこの日記に一度書いたきりなので、何も事体は変わっていない。そろそろ次の手を打つべく頭を使ってあ〜でもないこ〜でもないと頭を使って考え始めたら、電話。

「覚えてますか〜。この声でわからない?」とやけに馴れ馴れしく、しかし確かにどこかで聞いたような声で電話の主は話しかけてきた。あ〜、せっかくマジメに本業のあれこれを考えようとしていたのに、と多少いらだって「分からないなぁ」と答えたら「オメデトウ!30周年だよ、今日で♪」という思いもかけない答えが返って来た。えっ?とカレンダーを見たら今日は5月17日!いっぺんで分かった。声の主はOさんだ。

「お〜っっっ 0さんオメデトウ!!」と答えてすっかり話し込んでしまった。

彼は我が青春の同士、アメリカ横断自転車旅行で出合った仲間だったのである。今から30年前、アメリカ西海岸のオレゴン州ユージンという町から出発したのが5月17日だった。26歳だった。あれからもう30年たったというのだから、アンビリーバボ−とはこういうことだ。

積もる話はまさに今だから話せる感動秘話の連続で、声は次第に大きくなってしまうのだが、こんな話は当事者しか感動しないと分かっているので、かみさんにも子供にもあきれられないようにちょっと声のトーンを落として、私としては早めに電話を切った。

東海岸のウィリアムズバーグという所が目的地なのだが、ウィリアムズバーグという発音がなかなか難しく、最初のうちは「どこまで行くのかね」という好奇の質問に一度で通じたことがなかった。ヴァージニア州の発音は一度覚えてしまうと簡単なので、ウィリアムズバーグの後にヴァージニアと付け加えると向こうの想像力の助けとなるのか、良く通じるということが次第に分かってきた。なんていうささいな事柄まで次々に思い起こされて、もっと話をしていたかった。

彼と最後に会ったのはペンション開業前だから少なくとも15年以上前だ。あ〜、Oさんと酒が飲みたい。

■で、せっかくの宿改造計画は少しだけHPをいじっただけで中断。しかし30年前のアメリカ自転車旅行記をHP上にUPしてみようかという思いが浮かんだ。昔のことをあれこれ思い出してみるのは頭の体操にも大変良いそうだ。

今、試みにオレゴン州政府観光局のHPを見てみたら色々思い出してしまって、再び訪問したくなった。いつか自転車で走った道をグレイハウンドでゆっくり観光しながら辿ってみたいものだ。

5月8日(月)
■地上デジタル放送とはなんでしょう? なんで「地上」なの? アナログ放送は「地上じゃなかった」の?なんていうことすら分からないオンチです。すみません。まあいいか、まだ5年ある。

ところでデジタル化というとテレビの話だとばかり思っていたが、ラジオも同様だという。コチラの方はテレビよりも後になるらしい。テレビは完全デジタル化だが、ラジオは今までのFM/AM(アナログラジオ放送)枠の確保に一定の規律を設けるらしい。

これらのことは、私にとってどうでも良いことで、テレビやラジオさえ買い換えりゃいいんでしょ、という立場だった。が、どうも違うことになってきたようだ。

独自で地震予知の理論を組立て、かなりの実績をあげている串田さんという方が八ケ岳に住んでいる。彼は在野の研究家で正確な地震予知の実績が既にある。が、在野であることと、国が「予知」というものを認めていない現状では、時折週刊誌などで研究の一端がチラッと取り上げられるだけで、残念ながら脚光を浴びていない。

串田さんは「予知」なんていう神がかりてきな言葉を使わず「予報」という言葉で、テレビで気軽に情報を流せるような時代がくればいいと願っている。

さて、今、我が家に串田さんの研究をテレビ特番で放映するために某局の方が泊まっている。今日も一日密着取材にでかけ、さっき帰ってきた。ディレクターの話によると、現在の串田さんの悩みは、将来FM放送が無くなる、或いは少なくなるということだという。かなり深刻らしい。私もショックである。

串田さんはFM電波を使ってその研究を行っているのだ。このHPは現在閉じられているが、P1からP6までのファイルをよく読んで、串田さんの真摯な研究態度とその観測方法をお読み下さい。

読んだ方にはお分かりでしょう。世の中からFM電波が無くなる或いは減少すれば、これまでの串田さんの研究は無に帰してしまうのです。

積み重ねた研究資料が山ほどあり、これを国家が全力をあげて分析してくれれば、きっとそこに何かが発見されるはずだ、と串田さんは思っている。現在の串田さんの地震推定予報は、今までの経験値から導き出しているだけですと、正直に言っている。しかし、もっと分析が進めばこの膨大な資料の中から必ず「定性的」かつ「定量的」な科学理論が導き出されるはずと信じている。そしてそれにはもう少しの期間と協力者が必要なのだが、近い将来FM電波まで取り上げられてはとてもたまらない、というのである。

そんな話をディレクターに聞いて、ちょっと私も悲しくなった。「デジタル化されたあかつきには天文屋に戻るかなあ・・」とボソっと言ったそうである。彼は天文家としても有数の超新星発見者として名を残しているから、それでもいいのだが、地震研究があと1歩のところまで来ているだけに惜しい。

■ところで、耐震偽装問題がまるで解決しない現在、仮に関東にM5〜6の地震が数日の間に起こるでしょう、なんていう「予報」を出したらどうなるのだろうか? どうすることも出来ないので、予報なんて出すだけ無駄なのだろうか、それともやっぱり出した方が良いのだろうか?

出した結果地震が来なかったらどうなるのだろうか? 逆に、予報が外れることが恐ろしくて出さなかったが、実際はその通り来てしまったという場合、発表しなかった学者に責任はあるのだろうか。

仮に将来、ある程度の「地震予報」が出せるまでに研究が進んだとしても、「天気予報」と違ってそれを発表した場合、様々な問題をはらんでいる。

FM電波が無くなっても存続しても、串田さんが大変な問題に直面することに違いはない。なんとか応援したいが、どうすればいいのだろうか・・・?

5月6日(土)
GWはまずまずの天気が続いて、お客様を迎える私達としても嬉しい。が、「夜の天気予報」はかなりいい加減だと知ってしまった。天気予報士も夜については力を抜くのだろうか。たしかにどうせ暗い夜が「曇りか」「晴か」なんて気にするヤツは少ない。ところがこれが「天文野郎」にとっては大問題なのですな。
長期予報では今年のGWは晴が続くと出ていた。途中で雨だ曇りだと予報は変化していったが、直前には期間中おおかた「晴」に戻った。画面では夜の晴れは星マークで示される。星空観測のお客様の予約も入った。ところがどっこい「星マーク」が落とし穴なんですね。

天気予報では全天に対する雲量が0〜2割で快晴、3〜8割で晴、9〜10割で曇りとするのだそうだ。驚き、雲が3〜8割で「晴」ですよ!? すると、夜に星マークが出ていても、雲の量が8割だったらどうなるの!?天文野郎にとって死活問題じゃありませんか。晴ているのに星が見えない!!

星が見えなきゃ曇りじゃないかコラッと予報士に毒づいてもだめなんで、これは気象学上「晴れ」なんだから仕方が無い。

もっとも天文野郎はそんなこととっくに承知で、こっちがイライラするほどにはあわてず騒がず「ま、こういうものです」的な顔で落ち着いている。いいなあそういう姿。ほんとの趣味人というのは大人なんですね。

「いい加減ですね〜天気予報も!」と水を向けても、「いやいや。雲量予報というのは出来ないんです」と悟っている。「天気は一つの高気圧なら高気圧の動きを追っていけば予測は可能ですが、雲はその土地土地の様々な条件によって発生するからとても難しい。郵便局の数ほど観測所を設ければ可能になるかもしれませんが、夜の雲の量が気になる人って天文野郎以外にそういないでしょう。だからきっとと莫大な経費の損出になると思います」と冷静に分析してくれる。

成程、夜の天気予報は「いい加減」なんじゃなくて「そういうもの」なんだ。だったら星マークはやめたらどうなんだコラッと私はまだ怒っている(^ ^;)ゞ

明日は雨らしい。GW最後の一日でよかったというべきか・・・。彗星が来ているので星三昧のGWだった。雲は多かったものの、夜外で星を見るということ自体珍しい体験だと言う方々も多く、ましてコタツDEみるなんて、と感激してもらえて私も幸せなGWとなった。

しかし飲みすぎはいけませんな。曇り勝ちだったのでつい酒を飲みながら星談義に花が咲いてしまって飲みすぎた。

「飲みすぎ」で思い出した。今日山に登ってきた人はおもしろかった。酒を飲みすぎた朝によく「迎え酒」というのをやるが、きつい山に登ってヘロヘロになった後「迎え山だっ!」と言って、さらに手近の山を一つ登ったそうである。そしたら気持ちよかったそうだ!?

もひとつ余談。先日「赤ちゃんペンション卒業」を宣言したばかりだが、当然そんな一方的な宣伝は行き渡るはずもなく、そもそもそのずっと前の予約だから、GWは赤ちゃん連れが多かった(^ ^;)ゞ

ここで発見。私にはまだ神通力がある!! 赤ちゃんがなんで泣いているのか、そのお母さんより先に私の方が言い当ててしまったのだ。

もっともこれは神通力というよりも経験の差である。だから、私の赤ちゃんを見る目が、姑のようになっているのを自分で感じてしまった。赤ちゃんを見ているというよりも、そのお母さんを見ていて、失礼ながら「ちゃんと子育て出来ているか、赤ちゃんの気持ちを把握しているか」と言うような目で見てしまう。こりゃいけません。よけいなおせっかいというものであります。姑が嫌がられる理由が分かってしまった(^ ^;)ゞ やっぱり「赤ちゃんペンション卒業宣言」は正解だった。
 
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