縄文の衝撃と感傷

ペンション用地探し:平成1年の終わり頃、土地探しを本格的に行なっていたがなかなか思い通りにいかず、やっぱり今年もムリかなあと思っていたところへ、現在のこの場所の話しが舞い込んできた。

直前に野辺山方面の物件を見てきて、やっぱり八ヶ岳かなあと思い始めていたところだった。

実はそれまで開業の場所についての考えは特になかった。「ペンション」をやりたいのであって、場所はどこでもよかった。したがって、いい土地があるぞ、という情報には何処でも反応し何処でも見に行った。

しかし、どこでもよいということは、どこもだめという事に通じるので、それまで見に行った土地や物件はどれも決め手にかけていてしっくりこなかった。ようするに自分に土地や場所に対する確固たる信念や思いがなかったからだ。

即決:こんども「中古」と聞いて、まあ見に行くだけ見に行こうか、という気分だった。新規に開業するのに「中古ペンション」なんて、という気があった。

しかし、現場に来てほとんど一瞬のウチに衝撃が走った。今思えばなんで衝撃を受けたのか理由は思い当たらない。確かに周囲の景色も素晴らしい。中古といったって築三年だった。前オ−ナ−の事情で手放さざるを得なくなったということで、建物は新築同様だった。外観も私の感性にあっていた。丁度天気もよく、全てが光に包まれて見えた。まったく期待しないで来ただけにこの感激はひとしおだった。

だからといって、なんで衝撃なのかは分からない。どうして即決してしまったのか不明であった。とにかく「コレだっ!」と館内を検分しないうちから決めてしまったのである。

それから:の紆余曲折は省略する。結果として手に入ったのである。
平成3年7月に開業:どうにか開業して、思った以上の快適な暮らしに毎日が満足だった。オ−プンしたばかりでお客様こそあまり入らなかったが、説明のつかない満足感で私は毎日満ち足りていた。(これはいまでも続いている)。なにしろ何処かに出かけても帰って来るとまるで故郷に帰ってきたかのような安らぎと懐かしさを覚えるのである。こちらへ来てからまだ半年もたってないと言うのに!
思い出した:「どうしてあの時決断できたのだろうか」「どうして衝撃が走って即決しちゃたんだろうか」「どうして毎日こんなに満ち足りた思いがするんだろうか」とか、ぼんやり考えながら田圃の中の散歩道を歩いていたある日、急にある思いが胸に湧きあがってきたのである。

そうかっ、思い出したぞ、オレはここに住んでいたことがあるんだ!あの山もこの景色もちっとも変わってないじゃないか!あの時も幸せだったなあ。オレは土器を作っていて家族の者が獲物を獲ってきた!(ふふ、反対だなあ)でもみんな幸せだった。この空もこの風もあの山もあの光も全部オレは知っている。あの時と同じじゃないか。

そうか、だからこっちへ来てまだ半年だっていうのに景色が懐かしく、全てが安らいで感じられたんだ。

これはデジャブではない。何故ならこれは「いつかどこかで見た景色」ではなく「5000年前に私がここで見た景色」なのだから。

導き:ということは、かつてここにいた私が、自分をここに呼び寄せたのだ。なんども生まれ変わっていろんな時代にいろんな場所で人生を繰り返しただろうに、遥か5000年まえの時代の私が、ここ八ヶ岳という場所に私を帰らせてくれたのだ。きっとここが私の繰り返した人生のなかで最も幸せだった時代であり、場所であろう。何故だか私にはそういうことが分かって、一人田圃のなかで胸がキュ−ンとなってしまい、ほとんど歓喜に泣きそうになってしまったのである。
現在:あれから9年、私の思いはますますつのっていくばかり。この景色や空間や身辺に飽きないばかりか、一層懐かしさが募ってゆく。歩いていてもただただ嬉しい。現在の私の家族は間違い無くあの時の家族である。そんなことまで考えられるようになった。
縄文:これ以上なんの疑問も不満もないのだが、私の原点の縄文時代の様子を知りたいと思う。我々はどうしていたのか、八ヶ岳はどうしていたのか、私はどうして5000年前の八ヶ岳縄文人だったのか。

もちろん突き詰めて考えようとは思っていない。私は真面目な学究の徒ではない。だが、本を読み、HPをしらべ、様々な人達と様々なことを語っていくなかで、そして時間と空間と理論を越えたところで、私は私なりになにか感ずるところを得られれば、それでいいのである。

人生は:楽しいんだよ、と言う事をきっと過去の私は今の自分に教えてくれようとしているんだと感じ始めている。
 
もうすぐ50歳を迎える西暦2000年。子供達、家族、そして全世界の人々に感謝。

 

ホ−ム