---初夏から盛夏の妖精たち---            
  ホタル
   日本書紀にもその文字が見える「蛍」。 平安時代には既に夏の風物詩
  となっていたことが多くの文学作品から読みとれます。「蛍」の化石は発
  見されておりません。一体いつごろからこの地球上に現れたのでしょうか。
   太古の時代、地球のどこかで光っていた蛍は、「稲作」の発達が始まっ
  た地域から、だんだんと水路や水田に進出して、ヒトと共に暮らしを始め
  たのだろうと推測できます。ヒトと共生し、ヒトの暮らしの中にとけ込ん
  できた歴史を持つ蛍は、私たち日本人にとってはただの「昆虫」ではあり
  ません。記憶の中にいや、遺伝子の中に刻み込まれた「里山の象徴」にし
  て「夏の妖精」とも呼ぶべき昆虫と言っていいでしょう。
   しかし、減反政策が進められ、水路はU字溝に「改良」され、稲作が薬
  品漬けとなってしまった今日、蛍はまた歴史の闇に帰って行こうとしていま
  す。ここ八ヶ岳でも例外ではありません。
   筆者が八ヶ岳に来た15年前と比べても個体数は激減しています。
   レッドデ−タブックに登録される前に、一度八ヶ岳のホタルに会いに来
  て下さい。もしかしたらあなたが「八ヶ岳のホタル」の最後の目撃者にな
  るかもしれません。それが名誉なことかどうか、私にはわかりませんが。 

   ここに昔日の妖精の影を求めて、微力ながら八ヶ岳のホタルの現況を報
  告するペ−ジがあります。ホタルを見に来られた方々と一緒に八ヶ岳の夜
  を歩き、どこにいつ頃何匹くらい現れたかという、単なる報告のHPです。
   「妖精」はそれを信じる人の心に住むといいます。一人でも多く の人に
  信じてもらいたくて作ったペ−ジです。八ヶ岳ホタル紀行の参考になれば
  幸いです                    
 
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